君へ

2011 年 4 月 30 日

 トム・ハンクスが主演を務めた映画の一つに『プライベート・ライアン』という映画がある。
 第二次大戦中、史上最大の作戦と云われたノルマンディー上陸作戦を映画にし、世界中で大きな話題になった映画である。
 映画の上映に辺り、監督を務めたスティーヴン・スピルバーグの配慮でノルマンディーから生還した帰還者を招待した。
 映画を観終わった時の“元”兵士達が語った言葉が何年経っても忘れられないでいる。

 写真や流される映像を見て、自分の目で、どうしても確かめたくなった。
 他人から野次馬に思われても構わない、だがお世話になった先輩に『大丈夫ですか??』と声だけをかける様な人間にはなりたくはなかった。
 岩手県宮古市に訪れようと決めた日から“心ここにあらず”な日々が続いていた。
 出発前に欧州チャンピオンズリーグ(CL)ベスト4の対決に日本人がスタメンで出場し、敗れた試合を目にしても「悔しい」だとか「何故、負けたか」だとか、普段の自分なら先ず、必ず考える事であろう事柄が浮かんでも来なかった。
 考えられない言葉が頭を過ぎっていた。

 『どうでもいい』

 東京から約650㎞という道中、何故か急いでいた。
 急いでも、何かが変わるわけではないが急いでいた。

 何時間起きているか分からない体ではあったが、不思議と眠くはなく、ただただ急いでいた。
 高速道路を降りると東京では見ることがなくなった雪がまだ残っていた。高速道路を降りて約100km程行った場所に宮古市はある。
 宮古市に着くと駅前は穏やかで、バス停留所には多くの市民が列を作っていた。
 その理由も後に知る事となるのだが、海沿いに行くと絶望が待っていた。
 粉々になった防波堤、見る影もない街並み、流された線路、赤や黒のスプレーで「解体OK」「移動OK」と塗られた車や家。多くの家族が「一生に一度の買い物」で、やっとの思いで建てたであろうマイホームが瓦礫に変わっていた。
 一家の暮らしを支えたであろう漁船は丘に上がり、観光客を喜ばせたフェリーも丘の上に打ち上げられていた。夢のマイホームで家族が庭でガーデニングをしていたであろう場所には砂を被りながらも黄色の小さな花が三輪程、咲いていた。
 ゴーストタウンとも呼べない瓦礫の山。更地になってしまった街。

 絶望・・その言葉が当て嵌まる風景がそこにはあった。

 呆然と立ち尽くす私に『マスクしたほうがいいよ。インフルエンザとか麻疹とか伝染病流行ってるから』と声を掛けてくれた50代位の女性がいた。
 他所からやって来て、『冷やかしに来たの?』とも取られてもおかしくない私を心配してくれた。被災地の人は逞しく、そして優しかった。

 ノルマンディーから帰還した“元”兵士の1人が「プライベート・ライアン」を観終わった後、『この映画に足りないのは匂いだけだ』と語った。

 被災地の匂いを感じて欲しい。
 写真や映像では決して伝わることのない匂いを感じて欲しい。

 3月11日に起こった大震災の後、2,3日は宮古市のライフラインは全て遮断されたそうだ。
 私が滞在した夜、宮古市の街は多くの灯りが灯っていた。約2ヶ月経ち、徐々には瓦礫は片付けられライフラインも復旧された。
 人間の力である。

 今日から世間はゴールデンウイークといった大型連休に入った。今日の東北道は大渋滞と聞いた。
 ボランティアに向かう心温かい方々がいる。
 東北地方に勇気を与えようとする勇者達がいる。
 興味だけで行くのなら邪魔しないでくれ。
 
 現在も世界中が、そして日本中が復興へ向けて温もりのある温かい手を差し伸べている。

 恥ずかしくはないか。
 風評被害を信じたり、人を差別したり、同胞の嘆きに耳を傾けようともせず他人事の様に振る舞う君よ。


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