1945

2011 年 3 月 21 日

 支援の輪が広がっている。
 暖かくも美しい心遣いに多くの同志達が賛同し、被災地に物資や義援金や支援金という形で手を差し伸べている。

 海外から見た日本人は軍隊に指導を受けた訳でもなく、順番を守り綺麗に整列をする稀有な存在の様である。日本人にとってごくごく当たり前な行動が危機的状況に陥っても各々が秩序を守るといった行動に世界から注目されるのは誇らしい限りである。
 しかし団体行動に強い日本人も個人になると話は別の様である。買い占めに始まり「~は危ない」といった風評被害などが乱発している。チェーンメールもリツイートも多くの者は『広めたい』といった善意の想いから広めていると私は考えている。
 発言や広告も然りである。
 当事者達は、如何に事の重大さを伝えるかを考えに考えての事だとは思うが配慮に欠けるものが多い様に思う。
 いたずらに危険を煽ったり、事の重大さ、災害の深刻さよりも人々の心に訴えるものがないのだろうか。残念に思う。
 買い占めと呼ばれる行為も個人、家族の消費以上のに物を購入をしなければ起こりえない話なのだが、人間の持つ防衛本能が引き起こす行為そのものに思う。
 人間が持つ優しい感情に巧みに入り込み、人の善意に突け込んだ詐欺を行う最低な輩も出始めた。

 『物はどんどん豊かになっていくけど、心はどんどん貧しくなっていくね』

 「書いた」「書かない」が訴訟問題まで行く現状に所ジョージ氏が、何年か前のテレビ番組で多様化していく商品の説明書きについてのコメントである。現在、被災地以外の人間の多くに当て嵌まるのでは。
 暗く、落ち込む様なニュースが各地から届くが私自身、不思議と絶望感は全くない。
 1945年の日本に比べれば、現在の日本の状況の方が大いに光を見い出せる。何を行うにもGHQの許可がいる時代に比べれば復興は容易いのでは、とも思ってしまう。
 現在「大人」と呼ばれる層の我々は先人から『昔は~だった』『俺の時代は~だった』と少年時代に呆れとも似て取れる説教をされた事に思う。
 『時代が違うから』と逃げ続けていた自分に今になって気づかされる。
 日本の明日を信じ、兄弟、家族、友人、戦争によって散っていった亡き者を想い、走り続けた先人たちに負けない働きをする日々が巡って来た。
 年月を重ねれば、今回の大震災は過去のものになる。その時、後に続く者達に自身の生き方を胸をはれる人生を果たして語れるだろうか。
 『原発が怖いから逃げました』でもいいが、その怖い場所で必死に働く者がいる事。
 『物資がなくなるのが嫌なので物資を買い込みました』でもいいが、被災地では既に必要な物資がない事。
 
 我が国は東京オリンピックを迎える時には「奇跡の国」と世界中から喝采を浴びた国だという事を忘れてはならない。
 焼け野原から経済大国まで登り詰めたメンタリティが脈々と受け継がれているのなら、もう一度「奇跡の国」と呼ばれたい。それには皆で苦しんでいる同胞に手を差し伸べる行為に思う。その温もりのある手の取り合いこそが復興と呼ばれ、のちの「奇跡の国」と呼ばれる過程に思う。


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