懐疑

2013 年 2 月 15 日

 「オリンピックは、勝つことではなく参加することにこそ意義がある」という、誰もが知る名言がある。

 1896年、ギリシャのアテネにて産声をあげた近代オリンピック第1回は、陸上競技、競泳競技、体操、ウエイトリフティング、レスリング、フェンシング、射撃、自転車、テニスといった9つの競技が男子だけでおこなわれている。

 日本のお家芸の一つであるレスリングがオリンピック競技から除外される、というニュースはその道に生きる者にとって、寝耳に水どころの話ではない。

 「日本が強くなると・・」といった声が聞こえ、「テコンドーとレスリング、世界でどちらが普及しているか」という懐疑論までもちだされている。

 昨夏30回目をむかえたロンドンオリンピックでは、競技数が26にも膨れ上がった現状をふまえると、いかに世界に認知された大会だということが分かる。同時に大金がうごくビジネスの場にもなった。

 過去にオリンピック競技から除外されたなかに野球とソフトボールがある。それらが除外される理由は分からないでもない。たとえば、イングランドのように野球が普及していない国にとっては、開催が決まればスタジアム建設から始めなければならない。そのことを考慮するとレスリングとは違い、理解できない話でもない。

 世界中が注目するオリンピックは、マイナースポーツの競技人口をふやせる絶好の舞台でもある。実際、見向きもされなかった女子ソフトボールが世界一になると新たに実業団ができ、普及した背景がある。そして、競技者人生の集大成にする場をオリンピックという舞台にえらぶ選手も少なくない。

 競技の除外とはスポーツの普及や、選手感情の一切を度外視した決断であることを忘れてはならない。

 近代オリンピックとは、古代オリンピックに感銘をうけたピエール・ド・クーベルタン男爵により提唱され、同氏の「オリンピックは、勝つことではなく参加することにこそ意義がある」といった言葉は名言となり、4年に1度、競技を勤しむ者たちとその国民にさまざまな情緒をもたらす大会になった。

 「霊長類最強」と謳(うた)われ、グレコローマン130キロ級で五輪3連覇を果たしたロシア人のアレクサンドル・カレリン氏は『陰謀論の支持者ではないが、IOC(国際オリンピック委員会)理事の立場を見れば明らか』と背景には政治的な意図があると推測する。

 今回のIOCから出された声明の裏にかくされているものは、当事者たち以外は知る由もない。

 ともかくもIOCが第1回から続いたレスリングという競技の除外を決めた背景が、ロビー活動や金銭だとしたら、オリンピックとは参加することも懐疑的な大会に成り下がってしまった、といっても過言ではないだろう。


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