挽回

2016 年 8 月 10 日

 イタリアのレジェンド、ロベルト・バッジョ氏は1994年ワールドカップアメリカ大会の主役だった。背番号10を背負って出場するが、グループリーグではほとんど輝けなかった。

 しかしベスト16に入ると毎試合高度な得点を重ね、チームを決勝戦まで導く。その前年にバロンドールを獲得したバッジョの奇跡的な才能で勝ち進んだことに議論の余地はない。

 イタリア国民は、そんなバッジョを1982年スペインワールドカップ以来となる決勝戦まで導き、優勝に導いたFWパオロ・ロッシに重ねあわせた。決勝戦は90分でも延長戦でも決着がつかずPK戦までもつれると、そのバッジョがPKを外し、優勝を逃した。

 試合直後、バッジョの自宅は心ないファンによって放火された。

 リオデジャネイロオリンピック、グループリーグ第1節ナイジェリア戦を4−5で落とすと批判はあったし、中傷もあった。それでも彼らは第2節コロンビア戦で0-2から2-2に追いつき勝ち点1を獲得。グループリーグ突破に望みを繋いだ。

 同点ゴールを叩き込んだのは、このチームの背番号10を背負うMF中島翔哉だった。ナイジェリア戦が始まる前からあった彼に対する疑問の目は、試合が終わるとより懐疑的に中島に向けられるようになる。

 その一因として中島の出場時間の少なさがある。所属するFC東京での出場試合は、今季わずか4試合に留まっている。「J1で活躍できていない選手が…」といった目が向けられたのは当然だった。

 それでもリオ世代を率いる手倉森誠監督にとって、中島は欠かせないピースになっている。2012年のチーム立ち上げ当初から招集し、今年1月にカタールで開催されたアジア最終予選では難敵イラン相手に2得点を決め本大会に導いている。

 ナイジェリア戦では得点を奪えず、後半31分にピッチを退いている。コロンビア戦ではフル出場を果たし、後半29分に値千金の同点ゴールを叩き込み、監督の期待に応えてみせた。同時に、周囲の雑音を打ち消した。

 オリンピックの2試合を終えて7失点するチームは、強い、とはとても言えない。だが6得点を奪い、得失点差はわずか「-1」に留まっているのは“粗削り”を体現するチームに他ならない。

 チームが尻上がりに調子を上げているのは、スコアにも表れている。チームとしてスロースターターは頂けないが、最終節までもつれたことはファンにとって待望の展開になったはずだ。

 しかし、最終節でコロンビアがナイジェリアを破ればリオ世代の“夏”は終わる。

 彼らが日本に帰国してもバッジョが受けたような仕打ちは受けないはずだが、不幸にも失点に絡んでしまった選手たちの挽回に期待したい。昨年、U-21欧州選手権を制覇したスウェーデンは、相手にとって不足はないはずだ。


予期

2016 年 8 月 7 日

 今から26年前の1990年、イタリアで開催されたW杯(ワールドカップ)開幕戦でカメルーンが前回大会王者ディエゴ・マラドーナ擁するアルゼンチンを1−0で打ち破ると多くのサッカーファン、識者は“未来”を予期した。

 「これからアフリカの時代が来る」と口を揃えた。

 開幕戦で大金星を挙げたカメルーンの勢いは衰えることなくGL(グループリーグ)を首位通過、ベスト16で強国コロンビアも倒しベスト8に進出。イングランドに敗れたもののW杯の歴史にたしかな足跡を残した。

 4年後のアメリカW杯(1994年)ではナイジェリアが躍進。GLを首位通過、ベスト16に進出するもこの大会の主役ともなるイタリア代表FWロベルト・バッジョの奇跡的な2得点の前に力尽きた。

 アトランタオリンピック(1996年)でもナイジェリアの躍進は目覚ましく、準決勝でブラジル、決勝戦ではアルゼンチンをなぎ倒し、アフリカ大陸に初の金メダルをもたらした。この快挙は欧米に独占されていた大会王者に風穴を開けるものとなった。

 シドニーオリンピック(2000年)ではカメルーンが金メダルを獲得し、“アフリカ勢連覇”が果たされる。W杯では優勝には手が届かないもののベスト16進出国の常連になり、1990年当時の未来予想図は見事的中する。

 だが2000年を境にアフリカ勢は金メダルから遠ざかり、W杯でもインパクトを残せない存在になっていく。原因は国内、隣国の紛争、多額の運営費が舞い込むになったサッカー協会の腐敗、ビッククラブに移籍し大金を手にした選手たちのわがままと数多く存在する。

 リオデジャネイロオリンピックのサッカー競技は開会式より1日早く開幕。4−5で日本は初戦を落とした。試合後、ファンから「遅れてきたナイジェリアに…」といった声が数多く挙がっている。

 チームの主将、MF遠藤航はイージーなミスが多かったことを認め、判断がにぶかったことも付け加えている。圧倒的な身体能力を感じさせるシーンは多々あったものの、遠藤の言う「判断の差」で日本は敗れた印象は濃い。

 さらに付け加えれば、ナイジェリアの選手たちは試合に勝つことで自身の環境を変えられることを知っている。主将のMFジョン・オビ・ミケルは自身のポケットマネー約310万円をチームのために“投資”している。

 試合開始約7時間前に開催国に乗り込んでくるのは、紛れもなくナイジェリアサッカー協会の不手際である。幸か不幸か、日本のマネージメント能力は世界トップクラスにある。それでも勝ったのは“当日入り”したナイジェリアだ。

 アフリカ勢の躍進が当然となった昨今。彼らはピッチに立ったときに自分の判断で最良のプレーを選択してきたからこそ“現在のアフリカ”があるのではないだろうか。


画餅

2016 年 8 月 1 日

 アトランタ(1996年)から5大会連続でオリンピック出場を果たしているU−23日本代表だが、グループリーグを突破した大会はわずか2回しかない。

 シドニー(2000年)、ロンドン(2012年)の2大会だが、両世代ともグループリーグ初戦に勝利しているのは偶然ではないだろう。8月4日に開幕を迎えるリオデジャネイロオリンピックも初戦での勝利がメダルへの第一関門となる。

 ロンドンでは44年ぶりのメダル獲得を目前に迫ったが、韓国に敗れ4位に終わる。釜本邦茂氏を擁した1968年メキシコオリンピックの銅メダル獲得以来、毎回メダルを期待されるが48年が経った現在でも先人を越えられていない。

 アトランタ大会でブラジルを破った日本代表を率いた西野朗監督がブラジルを1−0で破り、のちに“マイアミの奇跡”と呼ばれる金字塔を打ちたてのは1996年のことだ。

 その当時にこの世に生を受けた子どもたちは、今年20歳になる。この奇跡を明確に記憶している“リオ世代”の選手たちはオーバーエイジ枠を除けば、ほとんどいないはずだ。

 現地時間30日、U−23ブラジル代表と日本代表は戦い2−0で完敗を喫した。試合開始から互角に戦い、GK中村航輔のファインセーブもあり無得点のまま試合は進む。

 前半30分、暑さによるパフォーマンス低下を防ぐため設けられた2分間の“クーリングブレイク”終了直後の33分に失点。それまでの集中力がウソのように途切れ、ドリブル突破で中央を打ち破られた。その8分後に追加点を許し、試合は決した。

 多少の不運はあったとしても失点後に日本選手たちは意気消沈し、手を打つなど鼓舞する姿勢が見られなかったのがなんとも残念に映った。

 ブラジルは初の金メダル獲得に本腰を入れている。オーバーエイジ枠でバルセロナに所属するFWネイマールを招聘。日本戦でも風格があり、違いを作り、チームの潤滑油にもなっていた。辛口で知られるブラジルメディアも同国のスーパースターをこぞって称賛している。

 U-23日本代表がリオデジャネイロオリンピックで成功を納めるには、初戦のナイジェリア戦での勝利が必要不可欠だが、失点しないとも限らない。かりに不測の事態に陥ったときにうなだれているようでは48年ぶりのメダルは画餅に帰す。

 日本代表の幾人かの選手たちがブラジルに飛び立つ前「金メダルを目指します」と口にしていた。だが、金メダルを目指すブラジルとの真剣勝負に“現在地”を知れたはずだ。

 有言実行は困難だが、折れない心でメダル獲得を目指して欲しい。銅メダル獲得でも準決勝に敗れたあと3位決定戦を戦い、それに勝たなければならない。その意味では5日のナイジェリア戦は、チームの屈強さを試される最高のシチュエーションになる。


才知

2016 年 7 月 13 日

 フランスで開催されていたEURO(欧州選手権)は、ポルトガルの初制覇で大会に幕を下ろした。7試合を戦い、90分以内に勝利したのは準決勝ウェールズを2-0で下した1試合と冴えない。

 新王者誕生に祝福の声は少なくないのが現状だ。

 例年通りの16カ国で争われる大会形式ならばポルトガルはGL(グループリーグ)敗退を余儀なくされていた。GLでは3戦3分に終わり、3位に終わっていた彼らに決勝トーナメントを戦う資格はなかった。

 今大会は24カ国に出場権が増大され、各3位にGL成績上位4カ国に決勝トーナメント進出の権利が与えられた。ベスト16ではクロアチアを延長戦の末に1-0で下し、準々決勝ポーランド戦では1-1のままPK戦の末に勝利し準決勝に進んでいる。

 その点、ポルトガルは優勝に必要不可欠な運があった。

 決勝戦では大黒柱、C(クリスティアーノ)・ロナウドを前半25分に退くが、延長後半4分にFWエデルが値千金の決勝点を叩き込んで大会初制覇を引きよせた。

 ポルトガルは90年代初頭、「黄金世代」と呼ばれた世代があった。1991年、MFマヌエル・ルイ・コスタ、FWルイス・フィーゴ氏、MFパウロ・ソウザといったメンバーを中心に母国で開催されたU-20ワールドカップで大会制覇をなし遂げた。

 あまりにも美しく、華麗なプレイスタイルで全世界を魅了した。今後のサッカー界は彼らを中心にして動いていく、とまで言われた。実際“ゴールデンエイジ”たちは、所属クラブで欧州チャンピオンズリーグ制覇をなし遂げている。

 所属クラブでは愛され、慕われ続けた彼らは現在でもオールドファンにとって色あせない存在になっている。しかし、ポルトガル代表のユニフォームをまとって優勝トロフィーを掲げる日は1991年以来、二度と来なかった。

 今大会ポルトガル代表を率いたフェルナンド・サントス監督は「良い戦いをしたものは勝利する。美しいとか美しくないとかは関係ない」と大会中に明言している。近年のサッカーシーンが追い求めた「美しさ」を否定した発言に聞こえなくもない。

 EURO2004年大会でポルトガルは、史上最高位の準優勝で終えた。そのときルイ・コスタは32歳、フィーゴは31歳で大会を戦った。決勝戦に敗れ、泣きじゃくっていた当時19歳だったC・ロナウドも今年の2月、31歳を迎えた。

 彼らと同年代になり、チームを牽引する立場にもなり、悔し涙を12年後に歓喜の涙にした。その後継者は今夏、約38億円でバイエルン・ミュンヘンに引き抜かれた18歳のMFレナト・サンチェスといったところだろうか。

 年齢詐称を疑われるほどの才能を発揮するティーンエージャーだ。美しさとは別に“良い戦い”して勝利したポルトガルの才知の系譜は、今後も目の離せない存在になるはずだ。


損失

2016 年 7 月 5 日

 たとえサッカーの知識が乏しくてもクリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシの名前は全世界が知っているはずだろう。いまさら説明不要の両者は苦悩の真っ只中にいる。

 前者は米国フォーブス誌が発表した資産価値36億ドル(約3913億円)で堂々の1位に立つレアル・マドリーのエースだ。後者は35,5億ドル(約3859億円)で2位に立つバルセロナのエースである。

 C・ロナウドは2015/2016シーズンのUCL(欧州チャンピオンズリーグ)制覇に貢献。現在はフランスで開催中のEURO(欧州選手権)ではポルトガル代表の主将としてベスト4に進出している。現地時間6日に決勝進出をかけウェールズ代表と準決勝を戦う。

 メッシはUCLではアトレティコ・マドリーに敗れ、大会ベスト8で姿を消すも国内のリーグ戦とカップ戦を制し“2冠”を達成。シーズン終了後にはアメリカで開催されていたC・A(コパ・アメリカ)にアルゼンチン代表の主将として出場したが準優勝に終わった。

 圧巻の活躍をみせた。

 グループリーグ初戦のチリ戦を怪我で欠場するも二節のパナマ戦では後半17分にピッチに立つと、わずか30分足らずでハットトリックを達成し、5-0の勝利に貢献。千両役者らしく、格の違いをみせつけた。

 最終節では3-0となった試合状況で投入されると、得点こそなかったがGKの股を抜く“妙技”をみせる。だがオフサイドのため“幻”に終わった。大会準々決勝ベネズエラ戦、準決勝アメリカ戦では先発フル出場を果たし、1点ずつ決める。

 決勝戦のチリとは120分を戦いスコアレスドローに終わり、PK戦に突入する。1人目を任されたメッシと4人目のMFルーカス・ビリアが外し、23年ぶりの大会制覇が露と消えた。

 試合直後に現在29歳のメッシは代表引退を示唆。

 所属するバルセロナでは通算28回のタイトルを獲得した天才FWも、アルゼンチン代表では優勝には縁遠い。メッシはこれまでワールドカップ1回、C・A4回、コンフェデレーションズカップ1回と計7回の準優勝に終わっている。

 バルセロナの“ブラウ・グラーナ”の縦じまでは神に愛されたように多くのタイトルに恵まれるが、アルゼンチン代表の“セレステ・イ・ブランコ”の縦じまでは神に怒りを買ったかのような罰を受けている印象が濃い。

 C・ロナウドとメッシはピッチを離れると、笑顔で話し合う間柄なのはよく知られている。“友人”の現役引退の報を受け「(C・A終了後の)彼の涙を見るのは痛ましかった。だが、僕は彼の第二の人生を理解している」と同情を寄せる。

 アルゼンチンで生まれ、バルセロナで開花したメッシのセレステ・イ・ブランコのユニフォーム姿はもう二度とみられないのだろうか。サッカー界にとってあまりにも寂しい損失になる。