収穫

2011 年 7 月 9 日

 ワインの世界では当たり年というものがある。

 その年に拵えたワインが高値で取引され、年を重ね、世に出回る頃には値段の桁が違って来る。年を重ねる前から高額で取引されていたワインなのだから当たり前の話である。

 1968年メキシコ五輪以来のハポンコールがあったとしても、どこか清々しい気分にはなれなかった。
 大会を勝ち抜くために最も重要である初戦のジャマイカ戦を白星で飾り、フランスと引き分け、アルゼンチンを撃破し、決勝トーナメント1回戦のニュージーランドを6-0というスコアで一蹴。完璧な勝ち上がりを見せたチームだとしても、ブラジルを後一歩まで追い込んだとしても、清々しい気分にはなれなかった。
 試合展開を観ていて、歯痒さが残った。
 またしてもピッチコンディションが整わない時に見せる、相変わらずの弱さを露呈してしまった。
 「Jリーグ100年構想」があり、構想の一つに「全てのグラウンドを芝生に」とある。この取り組みはサッカー強化のみならず、地球温暖化を抑える効果もある。後者はコンクリートと芝生を比べたものだが、地球にとってどちらが優しいか言うまでもないだろう。
 比べ、前者はまさしく強化である。芝の上にボールを置いてみれば一目瞭然であり、土の上では蹴る位置が変わって来る。ゴルフで例えるなら1打目をティー無しで打つようなものであり、野球で例えるなら真芯の無いバットで打席に立つ様なもの、言うまでもなく圧倒的に不利な状況である。
 海外の選手は何の違和感もなく、少年時代から当たり前の様に芝生のピッチでサッカーをする。
 比べ、日本は少年時代から相当な才能に恵まれていないと芝生の上ではプレー出来ない。県大会や都大会そして全国大会、上に行くに連れ天然の芝生のピッチが用意される。そして国民性が邪魔してか、非常に整っている。イレギュラーもしなければ、おかしなバウンドなど皆無。
 整ったピッチでしかサッカーをしていない選手達と劣悪で凸凹のピッチでしかサッカーをして来なかったかった選手達が試合をした場合、差は歴然だろう。養殖と天然と言い換えても過言ではない。
 その中でも0-3から2点を返す底力には心打たれた。
 率いた吉武 博文監督がブラジル戦後『このチームの選手達には試合の中で自立する力があった』とコメントしていたが、ブラジル戦に至っては2点を返した功績は監督の選手交代によるところが大きい。
 ブラジルと日本の差は何か。ブラジルにあって日本に無いもの、私は劣悪なピッチでもブレない基礎技術だと捉えている。「止めて、蹴る」その基礎技術のレベルが勝敗を分けたと考えている。
 今から10年前にサンドニの悲劇という試合がある。雨が降り、ぬかるんだピッチで当時、世界王者フランスに0-5と点差以上の差を感じさせた試合だったが日本人で1人、フランス人顔負けの動きをしている選手が存在した。

 中田英寿である。

 この試合の模様はYouTubeなどでも視聴出来るが、特別な事は何もしてない。ただ「止める、蹴る」の動作が素晴らしい。ただ、それだけなのだ。
 基礎技術な高さが生む違いこそ、ブラジルとの差であり、現時点での世界との差なのだと私は考えている。

 1993年のU-17世代でスタメンで試合に出場し、2002年日韓ワールドカップに出場した選手は中田英寿、松田直樹、宮本恒靖の3人とたったの3人である。
 2011年U-17から何人出て来るか、そして何人残れるか。
 1993年は自国開催だったが2011年はアウェイ開催である。この事実も未来がまた楽しみである。

 最高級のワインは快適な温度、快適な湿度の環境で育てられる。心血を注いだ手間が完璧な味を作り、最高級の深みを作るのだという。
 人はワインの様に単純ではない。雪の日、雨の日、冷たい風、灼熱の日もあれば寒さで凍える日だってある。
 ワインの様に部屋で見守られ育てては人として育たない。
 そして大人になるにつれ邪心にも似た欲も芽生える。
 それらに耐え、打ち勝ち2011年メキシコでの経験を未来に生かして欲しい。

 人もワインも熟成が必要だという事。
 切磋琢磨し、未来で成長した君達を見たい。

 その歳月を成長と呼び、または熟成だと私は捉える。

 『もっと整ったピッチで試合をさせたかった』という方もいらっしゃるが、そのピッチに割り当てられた運、トーナメントを勝ち抜くには運もまた必要なのだという事を忘れてはならない。
 フランス、アルゼンチンにとってこの世代は当たり年ではなかった、とは現時点では言い切れないがブラジルは相変わらずブラジルであった。

 しかし悔しい、この一言に尽きる。


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