動機

2011 年 6 月 28 日

 欧州に行った事がありサッカーをこよなく愛する者なら、分かり得る喜びがある。
 何時にテレビを点けてもサッカーが放送されていて、新聞も欧州CLの試合があった翌日は一面を飾る。例え、ポーランドであっても違いはない。
 日本に置き換えたのなら読売、朝日等の一面に『覇者 FC バルセロナ』といった具合に。

 きっと夢見心地とはこういう事を指す事なのだと思う。

 若きU-17日本代表がメキシコの地で躍動している。
 ジャマイカを圧倒し、フランスを苦しめ、遂にはアルゼンチンをも倒してしまった。サッカーファンのみならず多くの日本人が希望を感じさせるニュースに思う。
 フランスの弱体化に驚きを隠せないでいる。
 そもそも、日本サッカーの育成システムはフランスから多くを学んできた。トレーニング選抜、カテゴリー分け、指導者ライセンス、などが主だが国際舞台で引き分けた事で肩を並べる存在になった、と言っても過言ではないだろう。
 ベンゼマ、ベン・アルファ、ヨリスなどといった怪物級が見られないのを差し引いても、言い訳には決してならない。
 このカテゴリーで盟主とも呼ばれて来たアルゼンチンもGKを始め、弱体化が進んでいる。GKに至っては中学生レベルに近かった印象である。

 長谷部誠が欧州CLに初出場した際、イングランドのマンチェスター・ユナイテッドとの試合前、チームメイトの異変を次の様に語ったのを覚えている。
 『みんな普段と違うんですよね。よく喋る選手が黙ってしまったり、中には震えている選手もいましたから、』長谷部の幼少期に日本でユナイテッドの試合を観れるのはトヨタカップかケーブルテレビのみだったに違いない。しかし、チームメイトは幼少期から強い赤いユニフォームを観て育っていた、という事になる。
 長谷部から見た赤いユニフォームとチームメイトから見た赤いユニフォームは全く異なっていた。
 ブラジル代表のカナリア色のユニフォームに臆していた我々と大きく重なる。「黄色=強い」が欧州で育った少年達には「イングランドの赤=強い」という事なのだろう。
 現在、幼少期を迎えている少年達がFC バルセロナに羨望と恐怖を併せ持っている。将来、青とエンジのタテジマのユニフォームを見て臆する事だろう。

 1993年あの夏、確かにU-17ワールドカップベスト8進出に一部のサッカーファンが未来を感じた。
 この大会からスターになる礎を築いた中田英寿に注目した人間は総じて多くはなかった。しかし、自身のアイデンティティと努力が彼を稀代のスターにした。スターになったのは識者が期待した財前宣之ではなく中田であった。
 名もなき若い選手達にとって、未来は決して暗くはない。サッカーの世界において後悔があっても良い、その後悔が少年を青年に、そして大人に変えていく過程だと私は考えている。

 「日本は強くなった」というのは時期早々であるが、ベスト16でニュージーランドを破り、ベスト8で相まみえるであろうブラジル戦後まで待たなくてはならない。
 しかし、「日本は『確実に』強くなった」と言っても過言ではない。
 他国の弱体化を差し引いてもレ・ブルーに臆さず、セレスティ・ブランコのユニフォームにも臆さずに戦えている強さこそが先人達が築いてきた真の経験なのだと私は思う。

 メキシコの地で躍動というと誰もがディエゴ・アルマンド・マラドーナを思い浮かべるだろう。
 現役時代のマラドーナを知らないファンが増えている現在、そろそろ2011U-17メキシコ世代を思い浮かべても良いと思う。
 古今東西サッカーを語る上で愛国心の欠如が否めない。
 サッカーに限らず、愛国心が現在求められている。
 弱き者は常に記憶から追い遣られる。そうして愛国心の欠如は起こりうる、国や行政に対し憤り、呆れ、そして忘れ去られる。忘れ去らそうとしている、とすら思えてしまう。
 しかし、弱かった日本サッカー界が行って来た育成に間違いはなかった。「サッカーに出来て、国や行政に出来ない筈がない」といった理想を私は抱いている。
 理想を抱き、長い年月をかけ、笑われても、貶されても邁進し成果を得る。

 人はこれを結果と呼ぶ。

 メキシコでの2011U-17世代の躍動に今後も期待したい。


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