所期

2011 年 6 月 14 日

 東京オリンピックが開催された1964年、第二次世界大戦で敗戦した日本が再び国際社会に復帰するシンボル的な意味を持ったと聞く。
 シンボルに酔いしれ、日本中がオリンピック終了後まで、国も、人も歓喜したと聞く。

 いままでかつてない程の過酷な条件下でのホーム・アンド・アウェーの戦いを前にしても、危機感に欠け、盛り上がりを欠いている様に私には映る。
 その2戦の結果如何では来年行われるロンドンオリンピックは日本が出場しないサッカー競技が行われる事になってしまう。震災から3ヶ月経過しただけで『サッカーどころではない』と言われれば、確かに仰る通りかも知れない。
 しかし南米選手権辞退が決まった今、直近で日本が世界に復興をアピール出来る国際舞台はオリンピックしかないのも事実である。

 今夏、海外移籍が噂される宇佐美貴史がU-22日本代表から落選した。
 理由として『練習態度や試合で途中交代を命じられた際の態度などを首脳陣が問題視した為』だと聞く。
 宇佐美の行動に賛否両論あるが、気持ちの強さを私は評価したい。
 外国人から見た日本人は「自発性に欠ける」と揶揄される傾向にある。順応性が高く目上の者を立てられ自我を抑えられる日本人に世界中が羨望の眼差しを送る一方で弱点とも云える側面を確かに露呈している。
 その中での宇佐美のとった行動は首脳陣に不愉快に映ったのだろう。
 ここで宇佐美が腐り、結果を残さなければ『ただの生意気な少年だった』と揶揄され、負のモデルケースが誕生した事になる。しかし腐ることなく、11日の試合で見事なミドルシュートを決め、才能の片鱗を世に見せつけた。

 昨年AFC U-19選手権においてベスト4以上に与えられるFIFA U-20ワールドカップコロンビア大会行きの切符を懸け韓国とベスト8で対戦し、2-0のリードから試合をひっくり返され2-3で試合を、U-20ワールドカップ行きの切符を逃す。
 大会を通じ3試合3得点の記録を残しながらも、宇佐美は泣いていた。韓国との試合前『韓国程度に負けている程度では世界とは戦えない』といった類のコメントを残していた若者が試合後に人目を憚らず泣いていた。

 宇佐美の涙に同情した者は決して多くはなかった。

 泣く位、悔しいのであればもっと積極的に仕掛けて欲しかったし、仕掛けるべきだった。韓国戦だけを取り上げてしまえば、試合を通しては2得点を決めた指宿洋史の方が宇佐美より勝利への執念が垣間見えた。
 当たり前の話だが、結果を残し続けなければプロとして認めれられもしなければ、無関心なファンの記憶にも当然残らない。
 今から約10年前、20歳前後の青年中田英寿は多くのマスメディアに『生意気』と云われ『コケろ!コケろ!』と連呼していた運動部の記者もいたと聞く。

 『コイツ、、本物かも知れない』

 そう漏らしたのは前日本代表監督岡田武史氏である。1997年、加茂周監督が更迭され監督就任1回目の練習で20歳にして代表の中核を担っていた中田を先発組から外した。しかし、サブ組でも腐ることなく変わることなく懸命にプレーし続けた。その時に漏らしたのが前途のコメントである。
 20歳という仮定で中田と宇佐美、両者を比べた場合、選手としての技術を比べた場合は甲乙つけ難い。しかし、人間としてどちらが優っているのは言うまでもないだろう。
 現在の宇佐美貴史の才能に異論を挟む者は皆無であろう。しかし、どの世界でもその才能を開花させるのも落花させるのも本人次第だという事を決して忘れてはならない。宇佐美自身が更なる飛躍を望むのなら、先ず、たとえ自分の思うように事が進まなくても揺るがない精神力を身に付けなければならない。今後も注意深く見守りたいと思う。

 19日、豊田スタジアムでU-22日本代表はオリンピック最終予選の切符を懸けてクウェートと対戦する。そこに宇佐美の姿はない。仮に最終予選に進んだとしても宇佐美が選ばれる保証はない。
 現時点で宇佐美自身にとって最終予選のピッチに立てるか否かは運によるところが大きい。しかし、運を味方出来る逸材もまた才能である。

 世界に日本の復興をアピール出来る機会は数限りある。ロンドンオリンピックにサッカー競技の出場が出来ないとしたら寂しい限りである。当然、地盤沈下も否めない。
 3ヶ月経った被災地では遅れ過ぎている国や行政の助けを待たず自発的に行動を起こし、死ぬ気で戦っている。その被災地に向かい、物資だけでなく勇気や元気を与えている心温かい方々がいる。

 ならば、若き戦士達よ。来たる19日クウェート戦、死ぬ気で戦い、そして勝つべきである。


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