咎め

2011 年 6 月 8 日

 小机駅から続く長蛇の列は代表人気復活の兆しが伺える。

 ピッチに選手達が入場して来ると、小さなボールを手にした選手達から次々にスタンドに投げ込まれ、大きな声援がスタジアムを包む。
 個人的に少年がキャッチし歓喜してる姿が最も和ましく、微笑ましい空間であった。
 女性のファンも多く、声援から目当ての選手達が容易に伺える。例え、ルックス目当てでもスタジアムまで足を運び、集まる現実は個人的に嬉しくもある。
 試合はペルー戦に続き、3-4-3の布陣でチェコ戦に臨んだのだが、前線の3の右に位置した本田が中盤まで下がりゲームを組み立てペルー戦との違いを見せつけた。
 しかし、試合の入り方に難があった、いつもと違う布陣で試合に入ったのだから混乱は致し方ない、ならば大きくクリアしても良いシーンが多々あった。日本代表は試合巧者ではない、ならば、試合序盤は俊足の李忠成も前線にいたのだから無駄にはならないとも思った。
 ビルドアップするの際に川島を走らす様なパスを何回も出していては攻撃は停滞させるし、時間を浪費している様に私には映った。パスとは攻撃時のみ使われる。相手のゴールに近付けば近付く程、より相手の重圧を受ける。狭い空間でボールを扱える者こそが古今東西、必要とされて来た。
 李にボールが入った時に、ダイレクトプレーが見られたがしっかりキープしていい場面も多く見受けられた。ダイレクトプレーとは無論、味方に繋がって始めてダイレクトプレーに成り得る。
 その事を忘れてはならない。
 チームの約束事が見えない多くのプレーには確かな疑問符が付いた。李が一番生きるスタイルで、と言う方もいるが与えられたポジションで結果を出さなければならない。それこそが日本代表に選ばれた責任だと私は考える。
 チェフの好守備もあり、試合はスコアレスドローで終える。

 今回のキリンカップを通じ、収穫は相手国に「3-4-3で来るかも」という先入観を与えられた事くらいに思う。
 ワールドカップ予選までに残る1試合を慣れ親しんだ4-2-3-1を熟成に費やしても良い様に思う。ザッケローニ監督が就任して、まだ1年も満たない。確かな、そして大きな結果を手にしたが4-4-1-1や4-3-3など近い形から変化をつけていく手法もあっていい。
 何も収穫が無かった、と言う方がいるが果たしてそうだろうか。
 確かに混乱はあった。しかし、混乱から得た打開策もまた見えた。本田圭佑や内田篤人が見せた与えられたポジションに拘らない動きには多くの国内組も刺激を受けた事だろう。
 証拠にペルー戦の雪辱を晴らすかの様な関口訓充のドリブル突破が目を惹いた。たったワンプレーではあったが、ペルー戦の後悔を無駄にしなかった事に大きな喜びを感じたし、遠藤保仁と家長昭博の交代に新しい時代の流れを感じ、今後の活躍次第では今回のチェコ戦が分岐点にも成り得る。

 チェフが世界指折りで限りなく頂点に近いGKだという事実に疑い様のないプレーを見せてくれた。肩を並べるマヌエル・ノイアーも幼少期に欧州CLでボールボーイをし、選手にボールを渡し『いつか自分もあの場所で・・』と心に誓っていたそうだ。
 この日、選手から投げ込まれたボールを受け取った少年は今日の試合をどう見たか。
 『勝ってよ』と思ったか。『楽しかった』と思ったか。果たしてノイアーと同じ気持ちになれたのか。

 帰り道、小机駅ですれ違った親子の会話に背筋が凍った。『パパ~、日本代表、弱いじゃん』子供の目とは純粋であり、口にする言葉は若さ故に乱暴である。その目から見た日本代表が弱く見えたのなら、それもまた事実である。
 アイドル的象徴は時が経てば移り変わる。
 アイドルはサッカー界だけでは無い。アイドルを探すサイクルは世の常である。
 強さと人気は表裏一体である事を忘れてはならない。

 この日、MAX72,327席の日産スタジアムに65,856人が駆け付けた。久しく耳にしなかった黄色い声援も飛び交った。
 テレビも高視聴率を記録した。

 例え、ベストの布陣を組めなくてもアルゼンチンには行くべきだった。例え、負けてもファンは許しただろう。
 人気は動きがあって、そして活躍があって不動のものと成り得る。

 予想に反しキリンカップの集客が良かった。
 そして思う。
 南米選手権辞退のツケを何処かで払う、今はそんな気がしてならない。


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