順応性

2011 年 6 月 4 日

 サッカーというスポーツが好きな人間は大抵システム論者だろう。そして、各々が自分の主張に絶対の自信を持っている。
 4-4-2が最強、4-3-3こそが最強、日本人には4-2-3-1が最適だ、等々。

 勿論、私もその一人なのだが2006年、孤立感が否めなかった日本の象徴が語った言葉に大きな衝撃を覚えたのを現在でもよく覚えている。

 『システム?要は目の前の相手に負けなければいいだけの話でしょ』

 テレビ越しにも伝わって来る緊張感。サッカーにおいてごく当たり前の考え方なのだが、目から鱗が出る位の衝撃を覚えた。サッカーにおけるシステムとは結局、机上の理論であり役に立つ様で実は多くを成さない。
 選手のピークを欧州で迎えた人間が語ったサッカー論も、またサッカーの持つ奥深さの1つなのだと私は考えている。 
 先日行われたペルー戦の前半戦だけを観た場合、アジア王者の風格を感じさせない窮屈で明快さの欠片も感じさせない、そんな前半戦であった。唯一の収穫は相手に得点を許さなかった事位であろう。
 チグハグでボールをポゼッションした時に次の展開を考えている様に映った。戦術とは相手ボールの奪取法、奪取してからのゴールへのビジョンなのだと私は考えている。世界を見渡した場合、流れる様なパスワーク、奪ってから数秒でゴールを脅かすスピードこそが最たる例に映る。
 『3-4-3に縛られ過ぎていた』と選手達は話す。後悔にも似た言葉を漏らしたのは主に国内組の選手達であり、指摘とも取れるコメントを残したのは海外組と呼ばれ、海外から日本に戻って来た選手達である。
 後半に入り、慣れ親しんだ4-2-3-1のシステムに戻し海外組が加わり試合は躍動感が出始める。練習でも削り合い、ミニゲームの際、削った相手に謝ろうものなら味方から『何してんだ!早く戻ってくれ!!』と怒鳴られる環境に身を置いた者にしか分かり得ない経験が確かにそこにはあった。
 ボールが落ち着き、回るようになった、何よりポゼッションが上がった。しかし、得点には至らなかった。
 終盤、ペルーの猛攻に耐え、日本代表はホームとしての面目を何とか保った。
 チームとしてオプションが増えるのは好ましいが、与えられたチャンスを生かしきれなかった国内組には残酷な結果が突き付けられた。
 今や、国民的な人気を誇る長友佑都がU-22の消化試合に出場した際、いったい何人の人間がインテル入団を予想したか。

 皆無に思う。

 しかし、彼は駆け上った。俗に云う「スターへの階段」を休むことなく駆け上った。つまりは与えられたチャンスをモノにした。強烈な野心を秘めていたのかも知れないが、確かな才能を開花させた。
 7日のチェコ戦を最後にザッケローニ監督から声が掛からない選手も当然出て来るだろう。チームの約束事を守るのも、システムを守るのも勿論大事だが、一番大事なのはチームが勝利する為に何をすべきか、ではなかろうか。
 3-4-3という武器を新たに日本代表に授けたザッケローニ監督。
 その真意を汲み取れる選手が一体何人いて、何人がピッチで具現化できるか。

 各々が抱くシステムが正解なら毎試合チームのエースが得点を決めるのだろう。しかし、そうではない。守備が売りの選手が得点を決める試合もあれば、サイドバックが決める試合もあり、GKだって得点を決める試合だってある。
 だからこそサッカーは面白い。

 7日のチェコ戦が楽しみである。


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