悲哀

2011 年 6 月 1 日

 もし、交換をお願いされても嫌なら断れる。

 私を含め、日本人の多くがキャプテン翼で知り、大空翼と日向小次郎から始まり古今東西、世界中で行われるサッカーの試合後、認め合った男達の通例行事と言っていいだろう。
 ユニフォーム交換は交換相手によって試合中の側面が見れ、個人的に試合後の楽しみの1つである。
 しかし、世界中を繋ぐインターネットオークションを利用し、選手の魂とも云えるユニフォームを金銭に変える愚者もいる。レアル・マドリー時代のデビット・ベッカムが多くを断り続けたのも大きく頷ける。
 世界中が注目した欧州CL決勝戦でも多くのユニフォーム交換が行われた。
 目を惹いたのはアンドレス・イニエスタとポール・スコールズがユニフォーム交換していた事だった。
 交換したばかりのイニエスタのユニフォームを着て、スコールズは盟友ライアン・ギグスと話し込んでいた。異次元とも言い換えても過言ではなく、どうしようもない位に強い相手を前に何を話していたのか、多くの方が興味がそそられたシーンでもあると思う。
 きっと、来季に向けての対策や解決策などを話し込んでいる風だった。その会話の一部始終を目に、耳に、するのを楽しみにしていた。だが、残酷なものを目にする。

 スコールズ現役引退

 身長170cmにも満たない選手が屈強な身体のぶつかり合いで知られるプレミアリーグで、オフェンスにおいてはMFからFWまでこなし、マンチェスター・ユナイテッド一筋で現役生活を全うした。
 ファーギーベイブスと呼ばれた世代も続々とスパイクを脱ぎ始めている。悲しい出来事ではあるが、どんな選手にも平等に襲いかかってくる時の波というものには勝てない。

 身長が必要とされるスポーツは少なくない。
 私の時代にはディエゴ・マラドーナがいた。『サッカーに背は関係ない』と云われ、先ず指導者はマラドーナの名を口にする。しかし、手本とするには優しくない選手であり夢の様な選手であった。
 スコールズが選手として頭角を現す頃、私にとって目指す選手でなくユナイテッドの重要選手の一選手だった。スコールズが選手としてのピークを迎えている頃、高校サッカーをしていた後輩は指導者から『スコールズを真似しなさい』と何度も試合を見せられ、口酸っぱく動きを教え込まれたそうだ。
 スコールズはマラドーナの様な一人で何でも成し遂げてしまうプレーヤーではなく、味方を生かし、自分を生かす選手。両者ともチームを助ける選手には違いないが、助け方が前者の方が具体的であり、個人的には魅力的である。
 昨年度の高校サッカーの準優勝校である、京都府代表久御山高校は移動のバスの中でもバルセロナの試合を観て、勉強していた。高校生に限らず、全国の少年選手達はバルセロナを目指し、イニエスタとシャビの動きを勉強し具現化しようと切磋琢磨している。悪い事ではない。決して悪い事ではない。
 スコールズは168cm70kg、イニエスタは170cm65kgと記録にある。記録だけ見れば日本人の多くに当て嵌まる。
 サッカー史上最高の選手の一人に数えられるジネディーヌ・ジダンはスコールズに対し『最も手強かった相手?スコールズだ。まごうことなく彼は彼の世代で最も素晴らしい選手だ』と賛辞を贈っている。

 シャビは中盤なら何処をやらせても遜色ないプレイヤーである事は疑いの余地は無いがFWでは難しい。しかし、イニエスタは遜色ない。イニエスタ、スコールズ、両者に類似点は多い。
 その両者がユニフォーム交換したことは嬉しくてならなかった。
 フル出場のイニエスタに対し、スコールズは25分間だけの出場でもユニフォームを交換した。スコールズにはユニフォームを交換する資格があった。
 認め合った両者が魂とも呼べるユニフォームを交換し、あの試合が最後かと思うのは悲しく、そして思う。

 時の流れは残酷である。


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