寸善尺魔

2011 年 5 月 27 日

 ロナウジーニョが欧州を席巻していた頃、FCバルセロナにとって久しく遠ざかっていた2度目のビックイヤーを掲げて欲しかった。
 クラブは勿論の事、選手も、ソシオも、ファンではなかった者達までがFCバルセロナに魅せられた。
 その年、ソシオの会員も大幅に増えたと聞く。

 ロナウジーニョがキャリアの絶頂を極め、ビックイヤーを掲げた瞬間、未来は約束されたものだと誰もが信じて疑わなかった。 しかし、ロナウジーニョのプロサッカー選手としての堕落がチームの凋落を招いてしまう。かつてのキレを失い、プレー以外で注目を浴びる。スペインの新聞だけならまだしも世界中の新聞に「ロナウジーニョ夜遊び」の記事が踊る。勿論、日本も例外では無かった。核を失ったチームは巧いだけの何処か勝ち切れないチームに戻ってしまう。
 その状況のチームを託され、再び欧州の頂点まで登り詰める。現代サッカーの夢の形と言っても過言ではないチームを築き上げたのは紛れもなく現監督のジョゼップ・グアルディオラ監督の手腕であろう。
 就任1年目にして欧州CL決勝戦まで登り詰め、遂には優勝、国内リーグ、国内カップと三冠を手中に収める。

 しかし、何のスポーツにおいても強すぎると反感を買うものである。

 審判の笛から、小さな暴言が人種差別と疑惑を持たれたり、挙げだしたらキリがない。強き者への妬みとも取れる。
 しかし、行き過ぎた妬みは時として醜態を晒してしまう。

 今季は準決勝で宿敵のレアル・マドリーを破り決勝戦の舞台に辿り着く。相対するのはマンチェスター・ユナイテッドFCであり、2年前の決勝戦と同じ顔合わせ。
 勢いがあったクリスティアーノ・ロナウドに決勝戦間際に移籍の噂が絶えなかった。決勝戦だけを観た場合、その影響からか精彩を欠いたプレーを現在でもよく覚えている。
 決勝戦が行われたローマは壮大なセレモニーの後、選手が入場して来た。CLアンセムが鳴り響き、試合前の記念撮影を終え両チームの選手達は着ていたジャージを脱ぎ始めた。そんな時、ある光景が目に止まった。
 着ていたジャージをスタッフに手渡している中、クリスティアーノ・ロナウドだけはジャージをスタッフに手渡さず投げ捨てていた。
 選手がゴールを決めた後、チームのエンブレムを指差したり、キスをする選手を目にする事が多い。あの行為は嬉しく思うし、選手として好きにさせられる。チームへの愛情が垣間見え、人間としての純粋さも垣間見える。
 多くの選手が手渡しでジャージを手渡している中、放り投げる。例え、技術的に優れていてもジャージを拾う人間の気持ちにもなれない選手に勝利は相応しくない。
 全てにも通ずるものだと思う。
 大会側が用意した控え室を綺麗にして帰らないサッカー部は大抵弱い。全国大会にまで出て来れる位の実力を持ちながら、人として当たり前の事が出来ないのには正直ガッカリさせられる。仮にその試合を勝ったとしても次は負ける。私が見ている限り、例え勝ったとしても優勝は出来ていない。
 小さな事かも知れないが人間として大事な部分だと、少なくとも私はそう思う。

 全世界が注目する欧州CL決勝戦が明日に迫った。
 真に強いチームとはなんだろうか。
 明日もまた様々な角度から試合を楽しみたいと思う。


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