意志薄弱

2011 年 5 月 18 日

 ひらがな、カタカナ、漢字を自在に操る我々日本人は世界から見るとエリートに見られる傾向にある。
 私が20代前半だった当時、外国人オーナーに雇われていて何か国語を読み、書き、流暢に喋る事は出来ても、漢字だけは覚えきれなかった。
 その漢字を組み合わせた四字熟語は外国人にとっては暗号に近いそうだ。
 誰でも御存知であろう「喜怒哀楽」という四字熟語を国語辞典(小学館)でひくと「人間のさまざまな感情」とある。
 きっと、最近乱発されている「思いやり」は「哀」に入るのだろう。

 では、真の意味での「思いやり」とはなんだろうか。

 JFA(日本サッカー協会)は昨日、南米選手権辞退を正式に発表した。
 一度、辞退を発表したのだが再考を促され辞退を撤回。
 しかし昨日、南米サッカー連盟(CONMEBOL)とアルゼンチンサッカー協会(AFA)ならびにコパ・アメリカ大会組織委員会(LOC)に正式に辞退を通知した。
 一度目の辞退は私も否定派であった。多くの日本人が体感したであろう興奮、サッカーというスポーツに興味を持とうが持つまいが、ワールドカップ、アジアカップで体験したであろう高揚した雰囲気を味わえる。普段サッカーに興味を抱かない者でも一喜一憂出来るし当然、疲弊した被災された方々も勇気を貰えるし活気が出る、南米選手権参加が心の起爆剤になると考えていた。
 しかし、昨日発表された二度目の辞退は肯定派である。
 日本代表の中枢を担う選手達は当然、所属チームに戻っても中枢を担っている。Jリーグ側も欧州クラブ側も選手を送り出さないと決めたからだ。
 選手を送り出す義務がないクラブ側からすれば当然の判断だろう。
 残念な気持ちはあるが、文句を言うつもりにはどうしてもなれない。
 勿論、南米選手権に出場する事は選手にとっても、代表にとっても、日本サッカー界にとっても、貴重な経験の場だった事に異論を挟む者はいないだろう。ただ、クラブやJリーグが悪者にするのは断じて違う。
 Jリーグは戦力の事だけを理由に挙げている訳ではない。代表報道によって生じるJリーグの露出低下を覚悟の上で条件付きで、参加を認めたJリーグをもっと評価しても良い。
 そして、何より選手に給料を払っている側の気持ちを汲まなければならない。

 それが「思いやり」というものに私は考える。

 『目先の数試合だけの話で・・』と唱える者もいる。今季Jリーグは観客動員数は確実に減っている。今後は震災の影響を受け、スポンサー離れも起こりうる。実際、震災後に離れたスポンサーも存在する。選手の給料を払っているクラブが破綻したらどうなるか。私はクラブ側を責める気にはとてもなれない。
 だが、協会には不信感が残る。他力本願が見え隠れし、明らかにFIFAの助けを待っていた。
 被害者丸出しの精神が納得出来ない。FIFAの「鶴の一声」という名の助け舟が出なかったが故に招いたと考え『被災地なんだから協力してくれる』と考えていたとしたら日本サッカー界の未来は霞む。
 辞退理由は『震災の影響によるJリーグの日程変更の為』で良かったのでは、と私は考える。
 仮に疲労や休養を理由に欧州クラブが選手を出さないのだとしたら震災があってもなくても変わらなかった筈。
 Jリーグ誕生前、誕生までに先人たちは身を削り、世の流れを変えた。
 当時、心焦がしたワールドカップ出場が「夢」ではなく「義務」になった現在、先人たちが当時抱いていた志を受け継いだ筈の部下達は大切な「何か」を失ってしまった様に私は思う。
 その「何か」を私はサッカーの普及だと考えている。

 多くの国が日本へ向け、チャリティーマッチを開催してくれた。
 これからやって来る未来で、その国が震災に見舞われた時、その国の事を思いやれるのか、同情出来るのだろうか。

 真の意味での「思いやり」とはなんだろうか。

 今回の南米選手権辞退が「Jリーグ<日本代表」という図式から「Jリーグ>日本代表」の図式になることを心から願っている。


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