追悼

2011 年 5 月 6 日

 涙ながらに『こりゃ、カツオ。親より先に逝ってしまう奴がどこにおるか』と呼びかけ、多くの人々の涙を誘った。

 国民的人気番組「サザエさん」で磯野カツオ役の声を務めた高橋和枝氏が急死し、葬儀の際、磯野波平役の声を務めた永井一郎氏が弔辞を担当した際のコメントである。

 その日、仙台から東北新幹線に乗り東京駅に降り立った時、携帯のバッテリーマークは既に赤くなっていた。後、何分かで充電出来る事を考えれば、と思い、何の気なしにニュースを見ていた。
 一つの記事に釘付けとなる。

 「訃報 八重樫茂生さん78歳 サッカー日本代表元主将」

 多くのサッカーに携わる者がワールドカップという大会を知っていても見果てぬ夢だった1960年代、世界最弱と云われたフィリピンにまで負けてしまう程の日本代表。
 後のメキシコでの躍動が「Jリーグ開幕」まで続く日本サッカー界の夜明けまで、そして現在まで語り続けられる金字塔であった。
 木村和司の伝説のFKがあったとしても「結果」が残せなければ、人々の記憶に残っても記録には残らない。
 金字塔を打ち立てたメンバー達も後の暗黒時代を送ってしまう日本サッカー界を最後まで支え、Jリーグ開幕の功労者達であり、そんなチームのキャプテンが八重樫茂生氏であった。
 試合に出場しない時には年下が多かったチームメイトのジャージを自ら洗い、チームをサポートしたと聞く。 
 日本サッカーの父と呼ばれ、恩師であるデットマール・クラマーは『私達は違う言葉を話しますが、非常に強い友情で結ばれていました。家族の様でした。私は86歳で年を取っているし、死も人生の一部と思っています。しかし、私より若い友人が先に亡くなっていくことは非常に悲しいです。ヤエガシは私にとって本当に偉大なサッカー友達でした』と亡き息子へ賛辞を贈っている。

 川淵三郎氏がメキシコでの躍進は?という問いに笑いしながら『そりゃ、あの時のチームには八重樫さんがいたもん』と答えている。
 現在の日本代表は国際舞台において、当時夢にまで見たワールドカップに4大会連続で出場し、ワールドカップでベスト16まで辿り着いた。下のカテゴリーであるワールドユースで準優勝も成し遂げた。オリンピックも4大会連続で出場している。しかしオリンピックにおいてはメキシコ以上の成績を残していない。

 記憶でも記録でも偉大なキャプテンへ心からのご冥福をお祈りします。


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