一意専心

2011 年 5 月 4 日

 宮城県の浜辺に広がる光景は先日訪れた岩手県と何ら、変わりはなかった。

 案内してくれた友人は漂流物が散乱する浜辺で綺麗な海水浴場だった当時を懐かしんでいた。
 そして、遠くを見つめ『学生時代この先に合宿所があって、そこに泊まり込んで、この浜辺を走り込んでいたんですよね』と当時を懐かしんでいた。その懐かしい合宿所を見ようにも「関係車両以外立ち入り禁止」の看板で道を塞がれ、看板越しに見える風景はテレビで映し出されるそれが広がっていた。
 瓦礫の山を積んだトラックが、けたたましい音を立てて行き来していた。
 ただ、岩手県の光景と違っていたのは世間がゴールデンウイークに入った為かボランティアの方々が浜辺に広がる漂流物を拾っていた。ユアテックスタジアム仙台(ユアスタ)までの道程を考えると一刻も早く浜辺を後にしなくてはならなかったが、どうしても傍観者になりたくなかった私は少しでも力になりたい気持ちを抑えきれず、大きなタイヤと水を含んだ巨木を友人と廃棄所らしい場所まで運ばせて頂いた。

 ユアスタに向かう道中、日本代表が2002年ワールドカップでトルコに敗れた忌まわしき宮城スタジアムが目に入った。当時の事を思い出していると「ご遺体安置所」の看板が目に入る。多くのミュージシャン達がコンサートなどを行ったであろう隣のセキスイスーパーアリーナ(グランディ21)が、現在は遺体安置所になっている。

 ユアスタに近づくと黄色が目に入り、気分が高揚してくる。
 ユアスタ付近は老若男女が黄色のユニフォームもしくは上着を羽織り、首に黄色のマフラーを巻きスタジアムに向かっていた。
 サッカーのある風景、復興を感じさせる風景がそこにはあった。
 
 ユアスタに入るとスタジアムに拡がる、目に入る黄色が眩しかった。
 聞こえてくるカントリー・ロード。
 震災前、何の思い入れもなかったその曲に心から感動してしまう。

 試合は梁勇基を起点に関口訓充、太田吉彰、赤嶺真吾が前線で流動的に動き回り多くのチャンスを演出する。関口、太田の走力を生かし、アビスパ福岡CBの隣のスペースを突く展開で前半は仙台優勢に試合を進める。
 前半、福岡は積極的に両SBが攻撃参加していた為、空いたスペースにボールを入れられペースを握られたが後半に入ると両SBがあまり攻撃に参加しない布陣を敷く。見事な修正を施した福岡が逆に仙台を追い込む。
 福岡は決して攻撃のバリエーションが多くはない仙台の攻めを遮断していく。仙台の小さく繋いだり、綺麗に繋ごうとする姿勢が裏目に出る。目を疑うようなパスミスが見られ、梁が効果的に斜めに走って生まれるスペースも使えず、なかなかチャンスを演出出来ない。
 誰もが「勢いは途絶えるか」と思い始めた矢先、赤嶺の得点が生まれ、この得点が決勝点となりJリーグ再開後3連勝でリーグ首位に踊り出た。
 後半は終始押されながらも勝ち切った仙台だが、勢いはいつまで続くか、チームは薄氷を踏む思いだろう。しかし、神憑った勝利の裏には諦めを知らない不屈の精神がある。サッカーはミスのスポーツだがドリブルに失敗したり、パスを失敗した選手は大抵サボる。つまりはウオッチャーになる。だが、仙台の選手達は決してウオッチャーにならず全員が必死でボールを追っていた。プロ選手として当たり前のプレーなのだが日本に限らず、世界を見渡してもそんな当たり前が出来る選手はそう多くはない。
 実績の上で格上の川崎、浦和に勝利した勝因は一つではないが諦めない心が一つだと言っていい。

 目に見えないものを背負い、宮城の仙台の期待を一心に背負う仙台をこれからも追いたいと思う。
 そして試合開始前からスタンドで声を枯らし、飛び跳ね、必死でチームを応援し続ける仙台サポーターに私は心打たれた。
 そんな声援を背に受ける朴柱成よ、我慢は出来無かったのか。山形辰徳は謝罪の手を差し伸べていたではないか。どんなに頭に血が上ったかは知る由はない。だが、日本中が現在、忍耐の時を迎えているという事を忘れてはならない。

 Jリーグでも、例え欧州チャンピオンズリーグであってもレッドカードという代物は試合を壊す。即ち、サッカーを壊す。

 そして感動をも壊す。
 その事を決して忘れてはならない。


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