架け橋

2011 年 4 月 14 日

 1890年に起きた「エルトゥールル号遭難事件」という事件をご存知だろうか。
 今から120年前に起こった海難事故でトルコ人587名の尊い命が失われた大海難事故である。
 紀伊大島の樫野崎灯台下に泳ぎ着いたトルコ人生存者が住民に遭難を伝え、救助を求めた。住民たちは台風の中、総出で遭難者の救助に努め、自分たちの非常食をも供出して介抱をしたという。その甲斐あり69人の生存者が翌年トルコに帰国できることになった。

 明朝、アヤックスvs清水エスパルスのチャリティーマッチが行われた。世界のサッカー界の名門が日本で起こった大震災に対し、温かい手を差し伸べてくれた。
 1995年にトヨタカップで日本に来日している事から懐かしむファンも多い事と思う。
 名門といっても近年は不振が続き、最高峰のチャンピオンズリーグへの出場も毎年危うく低迷が続いている。
 1990年代のアヤックスは下部組織でダイヤの原石を発掘し、ファン・ハールが指揮したチームは若手とベテランが混合し、欧州を席巻していた。
 ボスマン判決以降サッカー界は著しく変化した。
 ダイヤの原石達は高額で取引され、チームを後にする。芽が出ては刈り取られるチームは次第に衰退していく。現在のサッカー界の中心選手達がアヤックスユース出身者という事実がそれを物語っている。
 今季は久しぶりに欧州最高峰の舞台に戻って来たのだが、グループリーグの相手に恵まれず敗退する。
 冬の移籍で中心選手も他国に渡り、今のアヤックスに清水なら、と試合前は考えていた。この試合を機にまた多くの日本人が世界に渡ると思っていた。
 チャリティーマッチに点数を付けるつもりは毛頭ない。
 しかし、全てが違っていた。
 そこには思い描いた甘味なものではなく、ズタズタにされ机上の空論など何の意味も持ってはいなかった。
 長時間のフライトなど何の言い訳にもならない程にレベルの差があった。個人の差は確かにあったが何より感じたのは組織の差であった。
 サッカーはよく「蹴る」「止める」「走る」と表されその精度が高い選手ほど優秀だと云われる。それは選手に限った能力であり組織の能力は別物である。
 トラップする方向、パスの強度、守備ブロックの作り方、攻撃の方向性、挙げだしたらキリがない。個人の差はあっても組織として雲泥の差があっては勝てる気がしなかった。
 正直、もっとやれると思っていたが、これが俗に云う「世界との差」なのだろう。勝負の世界でなかったとはいえ、目に見えた差を今後、チームも、日本サッカーも、テレビ観戦をした我々も生かしていかねばならない。
 一つだけ、言える事がある。日本がFIFAランキング13位になっても、未だ世界は遠いという事。

 120年前に起こった救済を現在もトルコの人達は忘れてはいない。救済を機にトルコと日本は未だ親交があり、現在も友好な関係が続いている。

 実力を思い知らされたが、今回アヤックスがしてくれた恩義を我々も決して忘れてはならない。
 そして、日本サッカー界が強くなる事も恩返しの一つだと私は考えている。


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