蜘蛛の糸

2011 年 3 月 16 日

 サッカーの試合で喪章を腕に巻き、ピッチに入って来る選手達を見るのは初めてではない。
 試合前にメッセージが書かれた横断幕を見るのも初めてではない。
 試合前にセンターサークルで円になって黙祷をする両チームを見るのも初めてではない。
 心では復興を思っていても何処かで、そ知らぬ顔をしている自分が常にそこにはいた。

 今回は違う、被災したのはハイチではなく、スマトラ島でもなく、チリでもなく、被災地が我が国だという事。
 呆れるニュースばかりが響き渡る。一部の人間達がこの未曾有の混乱時に褒められるべき仕事をしている者達を攻撃する。確かに攻撃されて止むなきな者も確実にいる訳なのだが。世界一安全な水道水と呼ばれているにも関わらずペットボトルを買い漁り、万が一に備え誰もが我先に安心に飛びつこうと必死。

 言動は被災地、行動は現在地と言っていいだろう。

 そんな16日早朝、欧州CL2nd regベスト8の椅子を懸け、ドイツ王者とイタリア王者が激突した。
 ホームで行われた1st regを落とし勝利が絶対条件のインテルは試合序盤から攻勢を仕掛ける。4分にサミュエル・エトーの先制点が生まれ試合を振り出しに戻す。21分には1st regのリプレイを観ているかの様な同点弾を許す。バイエルンの畳み掛ける様な攻撃が実を結ぶ。31分にも追加点が生まれ、インテルは窮地に追い遣られる。
 迎えた後半6分にインテルはコウチーニョを投入すると試合は動く、18分にコウチーニョのパスからエトー、ウェズレイ・スナイデルに渡るとスナイデルの見事なミドルシュートで同点に追いつく。
 同点でも次のステージに進めるバイエルンはこの試合好調だったFWアリエン・ロッベンとDFファン・ブイテンをベンチに下げ、守備固めを匂わせる。試合は後半40分を過ぎ1点が欲しいインテルは42分にクリスティアン・キブに代え長友佑都を投入する。直後の43分に逆転弾が生まれる。スナイデルのロングボールにエトーが追い着き、エトーのパスにゴラン・パンデフのダイレクトシュートが決まり試合をひっくり返す。
 逆転弾が生まれた背景に長友がいた。
 長友のフリーランニングが無ければエトーはパンデフに繋ぐ事は困難だったと思われる。長友が走らなければ、エトーは3人ものDFと競らなければならなかった。長友が走った事により1対3から2対3にしバイエルンDF陣の注意力を分散させたのは言うまでもないだろう。
 結果だけを重視するならアシストもゴールも記録していない選手を褒めるのは「欧州CL日本人選手出場」が故の肩入れと見られる傾向が多々ある。しかしサッカーというスポーツは戦況を打破する動きの中で3人目4人目の動きが重要になって来る。
 この試合、記録に直結しなくとも勝敗に直結するプレーが長友に有ったのは言うまでもないだろう。
 暗く、狂ったニュースばかりの日本に久しぶりに光を感じる事が出来るニュースが届いた。

 試合前、大会アンセムを聞く選手達の後に「私たちは皆さまと共にいます」というメッセージがあったのはご存知の事であろう。
 異国の地で異国の人間が心暖かいメッセージを贈って頂いた。
 同胞の我々が自己中心的な行いをし、本当の意味での心の共有が図れていない。

 大正時代を代表する小説家の一人・芥川龍之介が残した作品の中に「蜘蛛の糸」がある。
 天から降りてくる糸に皆が群がり、自分だけが助かりたいという無慈悲な行為の前に糸が切れてしまう話。
 今の日本と多くの類似点がある。心も体も被災地の事を思いやれない者達に本当の復興が訪れるのだろうか。
 誰しもが陀多(かんだた)に成り得る。

 同胞同士が心を共に出来ない事を心より恥じる。


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