火事

2011 年 2 月 12 日

 国技と云われる競技が揺れている。

 度重なる不祥事、問題行動、そして競技を行う上で絶対に起きてはならない、起こしてはならない八百長事件、何者かに操作されている様な新しいニュースが次々に出て来ており、世間を賑わしている。
 国技はとうとう存亡の危機に立たされている。
 江戸時代より庶民に愛され、我が国の国技ともされる相撲。一連の騒動で信頼も信用も人気も地に堕ちたのでは、と思ってしまう。
 番付表を目にした方は多いとは思う。強ければ強いだけ、上に、大きく記されるわけだが、弱ければ何が書いてあるか分からない位に小さく、長細く記される。それによって月給が変わっていく訳だから、みなが必死になる。番付が上に行けば行くだけ、月給も上がる。という実社会となんら変わらない世界がそこにはある。

 格差の大きさが顕著に出るのが幕下と十両の境である。

 幕下は月給0円に対し、十両は月給“約”100万円。八百長事件を起こした力士は幕下と十両のちょうど、境にいた。
つまりは勝てば天国、負ければ地獄の境である。新弟子達は十両を夢見、ちゃんこ番、部屋の掃除、先輩力士の身の回りの世話をし、日々を送る。血の滲む様な努力の上で、やっと手にした安住の地とも言えるのが十両という世界。

 江戸時代には「人情相撲」と云われる相撲があり、母親の介護の為、稽古の出来ない貧しい力士の為の大横綱がワザと負ける。という美しい逸話も存在するのだが、明治時代に入ると「八百長」という言葉が盛んに使われる様になり「星の貸し借り」が横行していたとも云われる相撲協会。昭和に入り、高度成長期、東京オリンピックなどの日本にとって変革期を迎える。と同時に相撲の在り方も自ずと変化を迎える。

 庶民の間で娯楽やエンターテイメント性よりも、真剣に競い合うスポーツ、フェアな精神と結果を重視するといった傾向が好まれていく。昭和後期になると千代の富士、若貴兄弟といったスター誕生と相撲全体が社会現象までになり、一旦は人気を盛り返していく。プロ野球界にも過去に「黒い霧事件」と呼ばれた事件があり、今から凡そ40年前の事件ではあるが、相変わらず盛況なプロ野球界にとっては忌まわしい記憶であろう。

 八百長事件は世界中で行われている。現在でも疑惑がかけられる選手もいれば、チームもある。
 そこから生まれる名言も存在する。
 『嘘だと言ってよ、ジョー!』など最たる例であり、色んなシーンで多用されている事から八百長事件が及ぼす影響力は多大である。有形、無形の財産が失われ、伝統美とは関係ない古さ、マーケティングの“マ”の字も無い組織の在り方が現在の相撲協会を創り上げてしまったと多くの識者が指摘する。

 では、サッカー界はどうか。
 移り行く時代の変化に対応出来ているか。Jリーグ誕生から凡そ20年、人間で例えるのなら成人にも満たない歴史の中で目覚しくも着々と進化を続けている。
これから歩む道程、同じ事が起きても全くおかしくは無い筈。

 是が非でも、対岸の火事で終わって頂きたい。


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