貴婦人

2011 年 1 月 17 日

1985年春、阪神-巨人戦で巨人・槙原寛己投手からランディ・バース・掛布雅之・岡田彰布の3選手がバックスクリーン3連発を見舞い、夏には「KKコンビ」がラスト甲子園を有終の美で飾る。
秋にはNTTが「ショルダーフォン」を発売する。後の携帯電話である。
そして冬、日本に来日したサッカー欧州王者であり、イタリアの白と黒のユニフォームを身に纏ったサッカーチームに私は魅せられる。
ボールを使うスポーツを野球しか知らなかった少年時代の私にとってサッカーというスポーツを一目で好きになり、ゴールにはならなかったがミシェル・プラティニの「幻のゴール」でサッカーの虜になる。
中学生になり、現代の子供達には理解出来ないであろうが練習試合の相手のユニフォームを見て『ユベントスだ』と言う私に友人がした『何言ってんの?』という顔を今になっても笑ってしまう懐かしい思い出の一つ。
高校生になりプラティニに代わり、ロベルト・バッジョの活躍、増えていく雑誌のお陰でユベントスを具体的に知ることが出来る。現在でもチームを引っ張るデル・ピエーロの台頭もあり、チームは黄金期を迎える。
2000年代に入り、リーグ連覇を果たすも後に発覚する「カルチョスキャンダル」により、連覇は取り消されチームもセリエBに降格させられる。2006年シーズンからセリエBに行くまでの6シーズンで優勝4回、2位で終えたシーズンと3位で終えたシーズンという成績。セリエBに降格したチームに愛想を尽かしチームを去る選手達。チームに残った心ある選手達の力とチームOBのディディエ・デシャン監督の采配も光り、勝ち点がマイナスからスタートしたチームを1年で「優勝」という手土産を引っ提げセリエAに復帰する。
デシャンが率いるチームを誰もが期待したのだが、突然辞任。フロントとの軋轢など様々な憶測が飛び交うが、真相は闇の中へ。
ここからチームは勝ち切れない試合が続く。
リーグで勝ち切れない試合が続くとヨーロッパの舞台でも当時の「強さ」を発揮できない。
毎年、代わる監督。
チームの屋台骨を支え続けてきた主力選手達の高齢化、現役引退、退団。
今シーズン、ルイジ・デル・ネーリ監督がチームを指揮。
4-4-2の布陣で戦う今シーズンは絵に描いた様な勝ち切れない試合が続く。
終盤間際に同点ゴールを許したり、「カテナチオ」の「カ」の字も感じさせない何でもない突破も平気で許す。
リーグ戦20試合を戦って引き分け7試合、かつては屈強な「個」の力と卓越した「組織」で形成した鉄壁の守備も今は見る影も無い。
攻撃に至っても今シーズンから加入したミロシュ・クラシッチの突破だけの攻撃が目立つ、長身FWに放り込むだけの攻撃。
中盤の構成など皆無に近い。
チャンピオンズリーグの下のカテゴリーであるヨーロッパカップも全試合引き分けグループリーグ敗退。
怪我人が多いのもあるが、無用なレッドカードで試合を壊したり、DFラインからFWに当てるだけの攻撃、チームの形が未だ定まらない。
全体の運動量が少なく、両サイドに張り出したクラシッチ、シモーネ・ペペがボールを持った時にサイドバックが追い越す動きが乏しいのもあり、相手に脅威を与える事が出来ない。
第89回全国高等学校サッカー選手権大会を制した兵庫県代表 滝川第二高校と同じ布陣なのだが、滝川第二高校の方がよっぽど見ていて面白いサッカーを展開する。
2010-2011の今シーズンも今日行われた20節でシーズンを折り返したのだが、輝いたのは36歳になったデル・ピエーロであった。
アタッキングサードでタメを作り、再三のチャンスを演出、何より直接FKを決める活躍。
後半に何でもない突破から同点ゴールを許したのだが、セットプレーのこぼれからアルベルト・アクィラーニの見事なボレーシュートで勝ち越し今年に入って初勝利する訳だが、今後もどんな相手にも苦戦が続くであろう。
守備の改善は勿論なのだが、フレデリク・セーレンセンを使い続けるデルネーリ監督の意図が未だ理解出来ないのは私だけではないであろう。
ベテランになったデル・ピエーロ頼りの攻撃も心許無い。

強かった過去の虚像と重ね合わせ「幻のゴール」を機にファンになったイタリアの貴婦人ビアンコネロを今後も私は見続ける。


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