異口同音

2011 年 1 月 4 日

何の試合があっても、スポーツ紙は勿論の事、新聞やネットに目を通す。
各媒体がどの様な観点で書き、何を伝えようとしているのか肩入れする事なく謙虚な姿勢で見ているつもりではいる。
昨日行われた選手権の記事を読んでいると、柴崎岳に対しての課題に対して目が止まる。
『技術は申し分無いが・・』の後に「フィジカル」と「運動量」といった記事が何処を見ても書いてある。
私はいささか疑問符である。
柴崎に限らず、各選手個人が足りないものを補おうとする能力が無ければ、本物には成り得ない。
私は野洲高校が選手権制覇した84回大会、フィジカル全盛だった高校サッカーに風穴を空けたと思った、そして高校サッカーの未来に日本サッカーの未来に大きな「何か」を感じた。
決勝戦の相手がフィジカルが売りの鹿児島実業高校だったからというのも「何か」を大きくする要因ではあった。
フィジカルに頼らず、個人技術、技術を生かした組織、何より大きく蹴り出すだけのロングキックを主にサイドチェンジに多用する、見ていて楽しいサッカーを展開する野洲高校に未来を感じていた。
野洲高校の優勝から毎年変わる優勝高が何よりの結果に思う。
どの優勝高も統制がしっかり整った強固なディフェンスを幹に、しっかり中盤を構成し、タメを作り、選手の特性を生かした攻撃で大会を制覇して来た。
でなければ、大前元紀の様な166cmといった小柄な得点王は生まれなかった事と思う。
カウンターかフィジカルを生かした放り込んだだけのセンタリングといったチームは早々に大会を去る昨今である。
そんな矢先の「フィジカル」である。
そのフィジカルとやらが整っていれば勝てたのか。
世界を相手にした場合、日本人のフィジカルなど子供騙しに近い。
現在、ドイツを席巻している香川はフィジカルを武器に戦っているだろうか。
確かに柴崎は「運動量」が足りていなかったと思う。
敗れた滝川第二高校の15 香川勇気の3分の2しか走っていなかった様に私からは見えた。
ボランチの香川は170cm50kgの相方は7 谷口智紀は180cm57kgとマラソン体型のこのコンビには「フィジカル」など微塵も感じさせない。
的確なポジショニング、密集地帯でもボールを奪われない技術、何より両者が織り成すバランスは見事である。
確かにDFにはフィジカルは必要である。
しかし、175cmそこそこで世界的に有名なDFは何人もいる。
「いつ、何処で、何を」といった判断力のスピードが今後の日本サッカーの未来だと私は信じている。
ある著名なフットボーラーが
「フットボールでは100mより30mから40mを速く走ることが重要。だがもっと重要なのは『いつ』走るかだ」
と語っている。
全くの同感である。

書き手も作り手の人間の誰もが日本サッカー躍進を祈っていると私は信じている。
だが、スポーツに限らず、自身が足りない部分を補おうとする能力が人間にはあると私は考えている。
しかし、現状に満足してしまった人間に限って傲慢になる。
優しさが失われ、自分さえよければ良い、といった愚かな人間に成り下がると私は思う。

議論はあって良いし、あるべきに思う。
しかし、このカテゴリーにフィジカルを求めてしまったら、世界では勝てない。
日本人の特性を生かした議論を繰り広げて頂きたい。
選手権制覇が「夢」と言う選手もいれば、通過点と言う選手もいる。
だからこそ、通過点と考えている選手の目線に合わせた記事や議論を繰り広げていって頂きたい。
だが、少年時代に夢を持つのは大切だ。
夢を目指した過程にこそ、より良い豊かな人生が待っていると私は信じている。


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