広大無辺

2010 年 12 月 16 日

あの時、彼は何を見つめていたのだろうか。
冷え切った1月の夕方の国立競技場。
決勝戦終了後、初優勝の快挙に沸きに沸いている相手校に目もくれず、母校スタンドに挨拶を済ませ、泣きじゃくるチームメイトを尻目に、誰よりも先に歩き、孤独さえ感じさせるチームの先頭を歩き、自軍ベンチに戻って来る彼の視線の先にはどんな光景が広がっていたのだろうか。

私はこの時期、高校サッカー総決算の季節がやって来るのが楽しみでならない。
選手を調べ、高校を調べ、注目し、大会開催を毎年楽しみにしている。
将来を約束されている訳ではない大会を目指し、喜び、怒り、涙する無限の可能性を秘めた高校生達に何年経っても興味が湧く。

ユースチームの学生とは違い、高校サッカー部所属の学生は選手権が終われば、高校サッカー選手としてのキャリアは終わりを迎えてしまう。
3年生で迎える選手権大会の最後の試合のホイッスルと同時に高校3年間のサッカーが終わってしまう。
プロになる者。
家業を継ぐ者。
大学でサッカーを続ける者。
辞めてしまう者。
それぞれの道があると思う。
高校サッカーをしていた者にしか分からない特別な3年間というものがある。
ある者は言う。
『選手権まで行って負けたんなら、本望ですよね。俺等なんか期待されながら1回戦負けでしたから』
ある者は言う。
『あの試合でPK外したの俺なんすよね』
挙げだしたらキリがない。
勝った者、負けた者。
達成感、後悔、情念は各々抱えている。

いつも感じる不思議な事がある。
そんな会話をしている“元”高校サッカー選手達の顔は常に笑顔だ。
笑顔の裏に、哀しさがあり、喜びがある。
そんな笑顔。
時間が戻らない事を高校生になって分からない筈がない。
だからこそ最後を迎えた瞬間、人目も憚らず泣くのだと思う。
私もそうだった。

私にとっては不思議な経験をした者もいる。
『自分が負けた時よりも先輩が負けた2年の時の方が泣けましたね』
私にはサッカー部の先輩がいなかった為、気持ちは解りかねるが、好きな先輩と尊敬する先輩と1試合でも多く試合をしたかった気持ちは理解出来る。
だが、彼の場合はどうだろうか。
見ている限り、彼は泣かなかった。
大怪我から選手権に間に合わせ、阿吽の呼吸で決勝戦まで辿り着き、1つ上の先輩、椎名伸志と共に高校サッカーが出来なくなってしまう事をどう捉えていたのだろうか。
椎名に限らず、苦楽を共にした多くの3年生と高校サッカーが出来なくなってしまう事をどう感じ、捉えていたのだろうか。

青森山田中に入学し、中学2年生の時に全国中学サッカー大会で初出場で全国ベスト4に輝く。
3年生の時は全国準優勝を成し遂げただけでなく、高等部のチームではレギュラーとしてプリンスリーグ、高円宮杯全日本ユースを経験、高校1年生になると背番号10を背負い、チームの中心になっただけでなく、U-16日本代表でも10番を背負い、U-17アジア最終予選ベスト4入りに貢献、世界の切符を掴んでみせる。
そして2009、U-17日本代表の不動のボランチとして、世界の舞台で躍動し、選手権では準優勝の称号を手にした。
そして2010、有望な若手の1人に選ばれ、南アフリカワールドカップを観戦。
希代のエリートとしての階段を着実に登っている柴崎 岳の中で唯一届かないのがある。
 優勝。
柴崎は言う。
『毎回毎回、手が届かない。近い様で凄く遠いもの。来年こそ優勝メンバーの一員になりたい』

そんな来年が来る。

柴崎に限らず、サッカーに限らず、無限に広がる可能性を持つ高校生達に期待している。


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