手柄

2016 年 8 月 12 日

 若年層の国際舞台U−17、U−20ワールドカップ出場を逃したリオ世代の選手たちは「何も勝ち獲れなかった世代」と揶揄されつづけた。

 それでもリオデジャネイロ五輪の出場権を懸けたアジア最終予選決勝戦では韓国に0-2から3-2の大逆転勝利を飾り、アジア王者に輝きブラジル行きに華を添えたのは今年1月のことだった。

 その後、3月の親善試合ではロンドン五輪で金メダルに輝いたメキシコを2-1で破るなど順調な仕上がりをみせていた。本大会が近づくと「OA(オーバーエイジ)枠」に誰を呼ぶかが議論される。

 この「23歳以上の選手」を招集できる五輪独自のルールを各国代表は最大限に生かす。たとえばブラジルをみると、バルセロナに所属するFWネイマール(24)を招集。金メダル獲得に並々ならぬ意志が伺える。

 GL(グループリーグ)第2節で対戦したコロンビアもFWテオフィロ・グティエレスを招集。31歳になる玄人好みのストライカーは、日本戦でも先制点を導きGL全試合で得点し、チームに貢献している。

 リオ世代にOA枠は、果たして必要だったのだろうか。

 過去を振り返ると、アトランタ五輪を指揮した西野朗監督はOA枠を使わなかった。その理由に「アレルギーを引き起こす」と答えている。

 その答えの中に、苦しい予選を勝ち抜き、28年ぶりに五輪の出場権を獲得した彼らを労う意味も1つとして含まれているはずだ。2008年北京五輪も同様である。

 今回の五輪3戦を終えた結果論ではなく、若年層のワールドカップを逃しつづけた彼らにとって、アジア最終予選は悲壮な気持ちで挑んでいたはずだ。仮に五輪出場を逃せば、負の歴史として、後世まで語られる世代となる。

 そんな重圧を背負って出場権を獲得し、アジア王者にまでなった彼らにOA枠なる“救いの手”は必要だったのだろうか。最終予選に参加しながらも、本大会に出場できなかった選手たちのことを考えると不憫(ふびん)でならない。

 公言しなくとも、苦労して勝ち獲った“手柄”を横取りされた気持ちにならないほうが不思議だ。また、今回のOAをみると五輪出場はおろか、ワールドカップ出場や海外リーグ経験といった“世界”を経験していない人選だったことも疑問に残る。

 ならばいっそのこと、人材育成のためにも次世代を担う若き才能だけで挑んだほうが日本サッカー界にとっても、選手たちにとっても糧になったのではないだろうか。

 日本サッカー協会は手倉森誠監督に2020年の東京オリンピックまで契約延長を考えているようだが、同じ轍を踏まないことを祈りたい。

 それでもリオ世代は勝ち点4を挙げた。この結果はアテネ、北京世代を上回る。日本サッカー界に着実の進歩がみられ、少なくとも今大会の慰めになったはずだ。


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