予期

2016 年 8 月 7 日

 今から26年前の1990年、イタリアで開催されたW杯(ワールドカップ)開幕戦でカメルーンが前回大会王者ディエゴ・マラドーナ擁するアルゼンチンを1−0で打ち破ると多くのサッカーファン、識者は“未来”を予期した。

 「これからアフリカの時代が来る」と口を揃えた。

 開幕戦で大金星を挙げたカメルーンの勢いは衰えることなくGL(グループリーグ)を首位通過、ベスト16で強国コロンビアも倒しベスト8に進出。イングランドに敗れたもののW杯の歴史にたしかな足跡を残した。

 4年後のアメリカW杯(1994年)ではナイジェリアが躍進。GLを首位通過、ベスト16に進出するもこの大会の主役ともなるイタリア代表FWロベルト・バッジョの奇跡的な2得点の前に力尽きた。

 アトランタオリンピック(1996年)でもナイジェリアの躍進は目覚ましく、準決勝でブラジル、決勝戦ではアルゼンチンをなぎ倒し、アフリカ大陸に初の金メダルをもたらした。この快挙は欧米に独占されていた大会王者に風穴を開けるものとなった。

 シドニーオリンピック(2000年)ではカメルーンが金メダルを獲得し、“アフリカ勢連覇”が果たされる。W杯では優勝には手が届かないもののベスト16進出国の常連になり、1990年当時の未来予想図は見事的中する。

 だが2000年を境にアフリカ勢は金メダルから遠ざかり、W杯でもインパクトを残せない存在になっていく。原因は国内、隣国の紛争、多額の運営費が舞い込むになったサッカー協会の腐敗、ビッククラブに移籍し大金を手にした選手たちのわがままと数多く存在する。

 リオデジャネイロオリンピックのサッカー競技は開会式より1日早く開幕。4−5で日本は初戦を落とした。試合後、ファンから「遅れてきたナイジェリアに…」といった声が数多く挙がっている。

 チームの主将、MF遠藤航はイージーなミスが多かったことを認め、判断がにぶかったことも付け加えている。圧倒的な身体能力を感じさせるシーンは多々あったものの、遠藤の言う「判断の差」で日本は敗れた印象は濃い。

 さらに付け加えれば、ナイジェリアの選手たちは試合に勝つことで自身の環境を変えられることを知っている。主将のMFジョン・オビ・ミケルは自身のポケットマネー約310万円をチームのために“投資”している。

 試合開始約7時間前に開催国に乗り込んでくるのは、紛れもなくナイジェリアサッカー協会の不手際である。幸か不幸か、日本のマネージメント能力は世界トップクラスにある。それでも勝ったのは“当日入り”したナイジェリアだ。

 アフリカ勢の躍進が当然となった昨今。彼らはピッチに立ったときに自分の判断で最良のプレーを選択してきたからこそ“現在のアフリカ”があるのではないだろうか。


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