明治節

2010 年 10 月 28 日

今年のナビスコ杯のファイナリストは「地味」という方が多い。
両サポーターが聞けば、さぞ憤慨する話である。
1992年から始まったナビスコ杯は多くの激戦が繰り広げられた。
1999年から現在まで2001年を除いて祝日「文化の日」に行われている。

文化の日はご存知の通り、明治天皇の誕生日である。
私の中で明治天皇の御顔を思い浮かべると、軍服姿が思い浮かべられる。
日本の象徴の軍服姿は昭和初期まで続く「軍国主義日本」という暗い過去を直結させられる。
何故、明治天皇が軍服姿になったか諸説あるが、キッカケは西南戦争だと聞いた事がある。
新政府は新政府樹立の中心にいた西郷隆盛を相手にする。
誉れ高い薩摩武士の象徴と云われた漢であり、現在の言葉で言うなら「圧倒的カリスマ」といったところか。
薩摩武士は『西郷隆盛の為なら命を惜しまず』と心に決め向かって来る。
新政府軍を指揮した懸有朋は象徴を探す。
そこで懸有朋は明治天皇を象徴に仕立て上げる。
その時に撮られた写真が軍服姿の明治天皇の写真と云われている。
薩摩軍の象徴は西郷隆盛、新政府軍の象徴は明治天皇。

新政府軍は勝利し、新政府を創り上げた一人西郷隆盛は自害する。
新政府の掲げた政策の一つに「廃藩置県」がある。
西郷隆盛以外の官僚が外遊する中、全国の藩主達の怒りをも超えた反感を日本国内に残り、一身に受ける。
自由と平和を、何より民を愛し、問題から逃げ出さず、真正面から向かって行く。
私の中の西郷隆盛はそういう漢である。
そんな西郷隆盛が生きていれば、違う明治政府が、違う日本が待っていたかも知れない。

時は流れ、11月3日は1948(昭和23)年公布・制定の祝日法で「自由と平和を愛し、文化をすすめる」国民の祝日に定められた。
「文化をすすめる」とある。
そんな日に行われるナビスコ杯決勝である。
サッカーが文化に出来るか否か、決勝戦が総てではない。
だが、歴史を紐解いた時、文化に出来るか否か隠されている気がしてならない。

サッカーを文化にするのならゴールパフォーマンスもいいが、頭から血を流した位で弱気になる様な選手など見たくない。
寧ろ、イタリア代表ジェンナーロ・ガットゥーゾの様な頭から出血しても鬼気迫る、熱の籠ったプレーを期待したい。
熱は必ず伝わる。
少なくとも私はそう信じている。

11月3日文化の日、熱戦を期待したい。


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