軌道

2016 年 3 月 21 日

 女子日本代表を8年間率いた、佐々木則夫監督の冒険は幕を下ろした。

 チームの中心は、澤穂希その人だった。彼女がいなければ2011年ドイツW杯での優勝は、ありえなかったはずだ。2012年のロンドン五輪では銀メダル、2015年カナダW杯でも銀メダルを獲得した常勝軍団には背番号10がいた。監督との出会いがなければ、トップ下からセンターハーフにコンバートされ大成することもなかった。

 彼女の引退は、フランスの英雄ジネディーヌ・ジダンと重なる部分が多い。

 フランスは1994年アメリカW杯行きを試合終了間際でブルガリアに敗れ、出場を逃した。当時コーチだったエメ・ジャケを監督に昇格させ、当時絶対的エースだったFWエリック・カントナを代表から外す。チームの中心には、ほとんど名が知られていなかったジダンをチームの中心に据えた。

 このときフランスは1998年に自国開催のW杯を控える立場にあり、大エースを外したエメ・ジャケ監督に多くの非難が集中する。フランスの未来を29歳のカントナではなく、22歳の青年に懸けた。

 その後フランスはW杯を1998年に初制覇。エメ・ジャケは大会後にチームを去ったが、ここからジダンは圧倒的な存在感を示し、世界的なタイトルを数多く獲得し、レジェンド選手の仲間入りを果たしていく。

 ジダンが2006年ドイツW杯決勝戦を最後に引退すると、フランスは2010年南アフリカW杯では監督の方針に異を唱えた選手たちとで空中分解。フランスはその後、決勝戦の舞台には辿り着いていない。

 なでしこの根幹となっている選手たちは、2011年ドイツW杯を制したメンバーを中心に構成されていた。その中心選手たちの存在は、監督にとってときに安心をもたらし、ときに苦渋の選択にもなったはずだ。自分を世界一にしてくれた選手たちを、高不調の波のみで見限ることはできなかったはずだ。

 だからと言って佐々木監督の功績が消えるものではない。なでしこの監督として指揮した8年間は、日本サッカー界の金字塔として永遠に名を残すはずだ。また、爆発的に女子の選手人口を増やしたのは、選手たちと監督の功績にほかならない。

 しかし、どんな絶対的エースでもかならず衰え、ピッチを去らなければならないときが来る。そのとき、いかにチーム力を維持することができるかが鍵となる。

 17日、2018年ロシアW杯アジア2次予選を戦う男子日本代表が発表された。

 絶対的エースとされているMF本田圭佑は現在29歳である。奇しくもエメ・ジャケが、カントナをチームから外したその年齢にある。代表チームとは、誰を中心に据えてチームを作っていくか、によって大きく軌道が変わる。

 監督が4年ごとに変わる男子の世界では、佐々木監督の功績にいつ到達するのだろうか。


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