条件

2016 年 2 月 3 日

 「谷間の世代」という言葉が使われたのは、2004年のアテネ五輪世代からだろう。この選手たちは悲運だった。

 MF小野伸二に代表される黄金世代の成り立ちは、作物でいう豊作とは異なる。彼らに才能があったのは間違いないが、日本サッカー協会が“土壌”に手を加えて得た甘味な果実たちだった。

 2002年の日本W杯を招致し、開催を見据え、そのときにピークをむかえる彼らに大金を費やした。海外遠征をくり返し、チームの中心だったMF小野がその頃に所持していたパスポートは、追加ページが必要なほど各国のスタンプで埋まったエピソードがある。

 実際、彼らは1999年のU−20W杯では準優勝を果たし、その後の2000年シドニー五輪ではベスト8、2002年の日韓W杯では初のベスト16進出に成功している。

 そこまでの大金を費やされることのなかったアテネ五輪世代に貼られたレッテルが「谷間の世代」だった。あまりにも理不尽なレッテルを貼られ、チームの中心だったMF松井大輔は「眠れない日が続いた」とメディアに語ったのはよく知られている。それでも五輪出場のノルマを果たすが、本大会では1勝2敗でグループリーグ敗退を余儀なくされている。

 この大会で4位に輝いたアジアの国がある。

 それ以前から政情不安だったイラクである。4位になった先輩たちの姿を見て育ったのが現U−23の代表選手たちだった。存命ならばピッチに立っていた、将来有望なチームメイトも戦争によって失っている。

 準決勝の日本戦を前に、彼らの口々から「国民のためにも、仲間のためにも、協会のためにも勝つ」と豪語していた。この世代で国民や仲間という言葉は、よく聞かれるが「協会のために」という言葉はなかなか耳にすることはできない。

 それまで2戦2勝だった日本に初の敗戦を喫するが、3位決定戦では2022年のW杯開催地であり着々と強化をすすめるこの大会開催国のカタールを2−1で下し、五輪出場を勝ちとった彼らに大きな拍手を贈りたい。

 日本はそのイラクを下し、決勝戦では宿敵韓国に2点のビハインドを負いながら3点を叩き込んだ。「何も勝ち得なかった世代」と揶揄(やゆ)されつづけた世代は、アジアの王者としてリオ(リオデジャネイロ)に向かう。

 優勝に導いた手倉森誠監督も今大会の23人をそのままリオに連れて行きたいはずだが、連れていけるのは大会規定の18人のみである。ここにオーバーエイジ枠で3人が選べる。手倉森監督が枠を使うかは不明だが、使った場合8人が落選する。

 リオに行きたければ、所属チームで結果を出すしかない。アジア王者になったことで注目もされるだろうし、好奇の目にもさらされるはずだ。己を見失わず、重圧をはねのける屈強な選手がリオに行けるはずだ。


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