溜飲

2016 年 1 月 29 日

 1993年10月、ドーハの悲劇は起きた。
 FW中山雅史氏の泣きくずれる姿を記憶している方は多いはずだ。その当時の日本代表選手たちのほとんどは現役を引退し、監督として、テレビ解説者として現在は地位を築いている。

 26日、カタール・ドーハの地でU−23日本代表はU−23イラク代表を2-1で下し、6大会連続でオリンピック出場を決めた。これまでこの世代2戦2敗のイラクにアディショナルタイムでの劇的勝利は、オリンピック出場に華を添えた。

 ドーハの地で出場を決めたことによって、1993年のドーハ悲劇の悪夢から醒めた、溜飲(りゅういん)を下げる勝利、といった言葉がメディアをにぎわしたが、実際、醒め、下げることに成功したのだろうか。

 ドーハの悲劇は、初戦のサウジアラビアに0-0で引き分け、2戦目のイランに1-2で敗れ、窮地に陥る。背水の陣となった日本は3戦目の北朝鮮に3-0で勝利し、4戦目の韓国に1-0で勝利し、5戦目のイラクに後半アディショナルタイムに同点弾を入れられW杯初出場を断たれた「悲劇」である。

 サッカーファンならば、今さら書き連ねる必要もないほど広く知られた93年秋のできごとだが、奇しくも最終予選の決勝戦の相手が韓国になったことで、タイ以外のすべてが同じ対戦になった。

 23年を経て、日本人選手たちの技術は飛躍的に伸びた。アディショナルタイムに勝ち越し点を決めた、MF原川力の左足で豪快に決めたシーンにも集約されている。

 彼の利き足は右足である。

 その当時の日本代表の選手たちですら、22歳の原川ほどの“逆足”の精度に至っているか、比べるすべはない。しかし、90年代はJリーグが開幕したことで多くの外国人選手たちが日本に訪れ「逆足の技術向上」をチームメイトたちに訴えていた時代だった。

 そんなエピソードだけでも、日本人選手たちの技術は向上したことが伺える。しかし、ドーハの悲劇の体験者たちには「魂」にも似た気概が感じられたのは当時の「人気」と無関係ではないはずだ。

 暗黒期を知り、勝たなければ見向きもされない現実を彼らは知っていた。

 たとえばラグビー日本代表が昨年のイングランドW杯において、南アフリカに勝利してからファンは確実に増えた。人気維持のためには勝ち続けることでしか継続はありえないことを現在のラガーマンたちは理解している。

 現U−23日本代表選手たちは30日、韓国と決勝戦を戦う。

 1993年10月、絶対的な“壁”だった韓国に勝利しW杯初出場に近づいた。23年を経た現在では韓国と肩を並べるほどの実力を有したとしても、当時の人気には遠く及ばない。過去のオリンピック世代に比べても、である。

 ならば、優勝で最終予選を終えれば“風向き”が変わって来るのではないだろうか。


コメントをどうぞ