噴出

2015 年 2 月 5 日

 ブラジルW杯後に日本代表に就任したハビエル・アギーレ監督の契約解除が発表された。

 昨年9月に発覚した八百長疑惑がスペイン・バレンシア裁判所によって正式に受理されたことがその理由とされている。罪を憎んで人を憎まず、ではないが、疑惑が発覚し“灰色”になったアギーレ監督の歩む道は既定路線だったのではないだろうか。

 結果に関わらずアジアカップ後に解雇、という路線だ。たとえアギーレが選手としてW杯に出場し、監督としてW杯でベスト16に勝ち進んだ経歴があったとしても、プロスポーツ界における八百長疑惑はイメージダウンに直結する。日本サッカー協会が下した判断は賢明である。

 再度、責任の所在が問われている。

 かつてアルベルト・ザッケローニ前監督が退任の際、この問題が噴出(ふんしゅつ)した。責任の所在をうやむやにする日本サッカー協会に対し「監督の交代は首のすげ替え」とも揶揄(やゆ)されていたが、それをもみ消すようにアギーレ監督の就任が決めたのは周知の事実だろう。

 就任から約半年での八百長疑惑噴出は、調査不足とも言われている。しかし、事を急いだゆえに起きた事故とも言えなくもない。

 日本サッカー界を長く見続けているセルジオ越後氏は、今回の一件を「普通の企業で起きたら、緊急で株主総会が開かれて、会長、社長、関係者は責任を取ることになる」と語気を強めている。たしかに組織に責任がなければ、やりたい放題になる。

 大きな成果をあげれば評価されなければならないし、大きな失敗があったなら降格人事があるのは大企業でも零細企業でも遜色ないはずだ。

 そもそも日本代表とは、日本で一番サッカーが巧い選手たちで構成されるべきで、その選手たちとで勝てるチームを作っていく監督もまた、日本で一番日本サッカーの未来を考えている人間たちによって選出されるべきではないだろうか。

 そこに保身があれば緊張感がなくなり、問題を先送りにし、やがて組織自体が歪んでいくのは、恐竜や巨象と恐れながら倒産していった過去の大企業が示している。

 日本サッカー協会の先人たちは、プロ野球が謳歌(おうか)する時代にJリーグを作り上げた。純粋なまでにサッカーが好きでなければ、試みは水泡(すいほう)に帰していただろう。

 しかし、それをやってのけた。

 先人たちの持っていた勇気と決断があったならば、アジアカップ開催前から灰色だったアギーレ監督に対し「アジアカップを連覇しなければ解雇」と、大義名分として打ち出せばファンの目を惹いただろうし、チームのメンタリティーも喚起されたことだろう。

 日本サッカー協会が早急にすべきことは新監督を探すことより、体制の見直しにあるのではないだろうか。


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