羨望

2014 年 7 月 16 日

 すっかり夜道になった家路を歩きながら、明るくきらびやかな街灯がともる“西側”の光景を羨望(せんぼう)の目でながめる“東側”で生を受けた少年がいた。

 のちに東ドイツ出身の選手で初めてドイツ代表のキャプテンを任されることになるMFミヒャエル・バラックの少年時代がそこにはあった。この1976年生まれの“東ドイツ人”は23歳のときに「壁の崩壊」があり、翌年の1990年にいわゆる東西ドイツ統一があった。

 1954年スイス大会でW杯初優勝を飾った西ドイツは、ここからどの大会でも優勝候補に数えられる。60年代こそタイトルに恵まれなかったが、70年代に入るとDFフランツ・ベッケンバウアーの出現もあり、72年の欧州選手権では初制覇を成し遂げ74年の西ドイツ大会では2度目のW杯制覇を成し遂げている。

 80年代に入るとFWカール=ハインツ・ルンメニゲの台頭もあり80年に2度目の欧州選手権を制覇、その後MFローター・マテウスに引き継がれたチームは90年イタリア大会で3度目のW杯を制覇する。そういう系譜が西ドイツにはあった。

 ドイツが統一され、96年に3度目の欧州選手権を最後にタイトルから見放される。2000年代に入るとMFバラックの台頭もあり02年の日韓W杯では準優勝を果たすものの、00年、04年の欧州選手権ではグループリーグ敗退。タイトルには恵まれない歳月をおくる。

 06年に自国開催のW杯が決定し、その重圧から誰もやりたがらなかった監督業をユルゲン・クリンスマンが引き受け、大改革を行う。

 90年のW杯制覇に貢献したFWの就任はチームに、ドイツの歴史に、大きな変革をもたらす。04年に就任するとGK以外のベテランを排除する大幅な世代交代でチームを刷新する。斬新すぎるほどの改革に膨らんだ期待は、ともなわない結果とともに不安に変わる。

 ところが、W杯では3位に輝く。

 続投を望まれたが、当時コーチだったヨアヒム・レーブに代表監督の座を託した。新監督に率いられたチームは、どの大会でもベスト4以上の成績をのこすが、優勝を待ちのぞむ国民からは「レーブでは限界ではないか」といった批判も囁かれた。

 それでも信念を曲げず、今大会ではアメリカ大陸で欧州の国が優勝するというW杯史上初の快挙という大輪を咲かせてみせた。

 人選もクリンスマンから継続され、02年W杯で準優勝を飾った選手が輝き、06年と10年のW杯で3位に入った選手たちがチームを支え、今大会W杯初出場のMFアンドレ・シュールレが得点を重ね、決勝戦でゴールを決めたMFマリオ・ゲッツェの活躍があった。そういう系譜と歴史の継続性が今大会のドイツ代表にはあった。

 統一後に生を受け、今大会躍動した若手の存在はドイツの今後をより盤石なものにしていくだろう。


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