終焉

2013 年 12 月 31 日

 今季限りで現役引退を決めた選手たちがいる。マリアノ・リベラもその一人だ。

 世界一有名なプロ野球球団であるニューヨーク・ヤンキース一筋を貫いた投手は、歴代1位となる652セーブという前人未到の大記録を打ちたて、MLB(米メジャーリーグ)最後の背番号42を背負った投手は今季限りでの現役引退を表明した。

 言わずと知れた「カットボール」の生みの親は、試合を締める“クローザー”としてマウンドに上がり、投球のほぼ全てをこの魔球に任せ、「一種類の球種しか投げないピッチャー」だとバッターが分かっていたとしても落差のあるボールを攻略できた者は少なく、たとえ当たってもバットをへし折ってきた。

 偉大なクローザーの現役引退と示し合わせたように、「42 ~世界を変えた男~」という映画が公開された。黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンの差別や偏見、脅迫と戦った壮絶なプロ野球人生の映画化には世界中で賞賛の声を集めた。

 現在でもMLBの新人王にあたるルーキー・オブ・ザ・イヤーには「ジャッキー・ロビンソン賞」という別名が付けられている。また、メジャーデビュー50年目にあたる1997年4月15日は彼の背負った「42」が全球団共通の永久欠番となった。

 のちに「ジャッキー・ロビンソン・デー」と制定され、希望する選手がその背番号で試合に出場し、近年ではMLB全ての選手が年に一度「42」を着用するその日になっている。

 2013年、平和を愛し、差別と戦った南アフリカ共和国の“巨人”が壮絶な生涯を終えた。

 若くして反アパルトヘイト運動に身を投じ、国家反逆罪で終身刑の判決を受けるが世界中の“声”に折れた当時の大統領が遂に釈放を決意する。27年間に及ぶ獄中生活の後に大統領になる。全民族融和を掲げ、スポーツの分野においても1995年ラグビーW杯と2010年サッカーW杯の招致を熱望し、成功させたネルソン・マンデラその人である。

 享年95歳。

 釈放から5年後、自国開催のラグビーW杯では練習場や試合会場に姿を現しチームを鼓舞し続けた。そもそもこの国ではラグビーこそアパルトヘイトの象徴だった。白人は自国を黒人は敵チームを応援した。

 それでもマンデラはスポーツの持つ“力”を信じ、ラグビーこそ自身が掲げた全民族融和への近道だと信じた。不可能とされた初優勝を可能にしたのは、一つの国家となった国民の応援と決して無関係ではない。

 また『平和を求めるならたとえ敵でも協力すべきだ、そうすれば敵でも仲間になる』という言葉を残した。囚人から大統領になっても聡明さを失わず、閣僚人事ではアパルトヘイト推進派を選出している。

 2013年、現役引退を決めた多くのアスリートがいて、世界を変えた一人の英雄がこの世を去った。


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