隣人

2013 年 10 月 11 日

 美しい人間関係をあらわす諺(ことわざ)に「昨日の敵は今日の友」がある。

 しかし実社会では、「昨日の友は今日の敵」だったり「昨日の敵は今日“も”敵」の場合もある。「たとえ」にしても悲観的な話ではあるが、旧ユーゴスラビアでは前者も後者も現実に起きたその国だ。

 1991年から2000年まで続いたユーゴスラビア紛争は1つの国家を結果的に2013年現在の6つの国家にしてしまった。

 1990年、サッカーの試合中に起きてしまった「マクシミル事件」が紛争の火種になったとも云われる。セルビアのレッドスターとクロアチアのディナモ・ザグレブというライバルチームの一戦で悲劇は起こった。両軍入りみだれての乱闘は、スタンドにいたファンもピッチに入りこみ衝突、その試合は終了を告げる笛を聞くことはなく没収となった。

 サッカー日本代表は11日(日本時間12日)、1つの国家となったセルビア代表と対戦する。

 チームを率いるのはシニシャ・ミハイロビッチ監督。現役時代はFKだけでハットトリックをあげた過去をもつ名選手が、現在は母国の代表チームを率いている。

 このセルビア人が生まれ育った頃のユーゴスラビアには7つの国境に5つの民族、また4つの言語、2つの文字があり宗教の違いもあった。それでも『誰がどの民族かなんて気にもしてなかった』という。しかし、戦争が始まるとクロアチア軍がセルビア人である彼の家を襲った。家に入りこんだ兵士たちは家中を銃で乱射したという。

 襲ってきたのは彼の親友だった。

 『同じ街で暮らす隣人との戦争は世界でもっとも醜い争い』とふり返っている。また、生活が苦しいなかにある両国の少年たちは貧しさを“隣人”になすりつけ合う。

 ほとんどの少年たちは貧困から抜けだすためにサッカーを職業に選ぶが、古今東西、道を志した誰しもがプロになれるわけではない。「東欧のブラジル」と賞賛された遺伝子をもつ選手たちが篩(ふるい)にかけられ、そこに残った原石たちが日本代表を迎え撃つ。

 11日の試合に対し、ミハイロビッチ監督は「主力を7人ほど欠いている」と述べている。

 言うまでもなく戦争は、国家そのものを疲弊(ひへい)させる。戦争があった1991年に産まれた子供たちは現在22歳の青年になっている。

 つまりサッカー選手を志した少年たちは、たとえ監督にとって主力ではなくとも戦火を生き延びた屈強な精神力を持ちえているのは容易に想像できる。

 親善試合ではあるが、セルビア国民のサッカーに対する熱の高さはよく知られている。戦争が終わり、自国の選手たち“だけ”で結成される代表戦を観戦できる幸せを噛みしめている国民たちは日本人選手たちをどのように迎えるか。
 教わるものが多いアウェイ戦になるはずだ。


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