復興

2013 年 3 月 11 日

 2020年東京オリンピックが現実味をおびてきた。

 マドリード(スペイン)、イスタンブール(トルコ)と招致をあらそう東京は、現在70%という高い支持率を得ている。

 1964年の東京オリンピックは、1940年に開催権を返上した日本にとって、悲願の開催とはまた別の側面をもっていた。「敗戦国日本」が、急速な復活をとげ、ふたたび国際社会の中心に復帰するシンボル的な意味をもった大会でもあった。焼け野原になった東京が近代的な都市になり、開催されたオリンピックは「東洋の奇跡」ともいわれ世界中に賞賛された。

 では、現在ではどうだろうか。

 はたして日本全体がオリンピックを待ち望んでいるだろうか。街の声でもっともおおく聞くのが「それよりも先に東北を・・」であり、日本全体の総意といえないのが現状だ。東京オリンピックに出場した、女性アスリートは『あの当時は日本全体がオリンピックを待ち望んでいましたよ』とふりかえる。

 1964年は、「敗戦国日本」が世界に復興をおおきくアピールできる場にオリンピックがあった。それからおよそ50年、かりにオリンピック開催が決まったとしても当時ほどの感動はむずかしいのが現状である。

 2011・3・11 あの日から2年が経った。

 規模は違えど、酷似している部分がおおいのも現在の日本でもある。サッカー界では「東北人魂」という、その魂をもつJ選手の会があり、東北サッカー復興のために2年前6人で立ち上がった組織は現在31選手にまで増えた。

 その中心にいる小笠原満男選手(鹿島アントラーズ)は、日が経つにつれ報道もへっている現実を受け止めながらも、『忘れてほしくない』と言う。力を貸してほしい、と訴えながらもその反面で、どこまでやるのが正解か、という葛藤(かっとう)ともたたかっている。

 「東北人魂」がサッカー用品をおくる支援は、その地域で復興のために仮設店舗でスポーツ店を営む方々の妨(さまた)げになってしまうことを岩手県で生まれ、大船渡市で高校時代をすごした元日本代表選手は多分にしっている。

 正解はないです、と言いながらもその歩みを止めることはないだろう。

 2020年にオリンピック開催が正式に決まれば、東京の街は活気に満ちるだろう。では、東京以外の街ではどうだろうか。時代は違えど、同じ国の同じ街でおこなうオリンピックが、56年前とはまったく異なる温度をもったオリンピックになってしまうのはあまりにも哀しい。

 その時代を生きた先人にいわせれば、1964年にあった復興と、2020年の復興は規模がちがうのかもしれない。それでも開催が決まれば、世界に対し震災から復興した日本をアピールしなければならないのが、現代を生きる我々にあたえられたテーマの一つではないだろうか。


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