風景

2013 年 1 月 21 日

 情熱を失わなかった者にしか見ることが許されない風景がある。

 表彰式の直前、少なくなっていた観客数だったがオーロラビジョンに選手が映し出されるとスタジアムが沸く。その選手は高校生ではなく、鵬翔高校卒業後に鹿島アントラーズに入団し今季から浦和レッズに移籍した興梠慎三だった。

 第91回全国高等学校サッカー選手権大会は19日、雪のため順延された決勝戦をむかえ、延長戦をふくむ110分を2-2の同点で終え、PK戦を5-3で制した鵬翔高校が宮崎県勢初となる優勝をかざり、その幕を下ろした。

 国立競技場をかけたベスト8の試合前、「俺もこういう年齢やから、もう二度とこういうチャンスはない。“俺を国立に連れてってくれ”、お前たちも行きたいだろうけど」と、選手たちに語りかける監督がいた。

 学校の一活動であり、生徒主導と目される高校サッカーにとってこの発言は異端といっていい。どこか愛嬌がある62歳になる松崎博美監督は苦節30年のすえ、宮崎県勢として初となる国立行きを決めた。1、2回戦と0-0で終えPK戦の末に勝ち上がり、準決勝では先制され、追う展開ながらもPK戦を制し決勝戦の舞台までたどり着いたのだった。

 決勝戦でも先制をゆるすが、追いつくという一進一退の攻防がつづく。延長戦でも決着はつかずPK戦で優勝を決することとなる。補足ながら両校優勝は79回大会より廃止され、83回大会以来2度目となる決勝戦でのPK戦となった。

 京都橘は、一人目のキッカーをつとめた仙頭啓矢が失敗する。2年生の小屋松知哉とともに今大会得点王を争い、決勝戦進出の原動力となった2トップの一角が外したことは、PK戦がもつ残酷な情景をつくる。

 鵬翔はPK戦の5人目キッカーをGK浅田卓人がつとめるチームである。決勝までに3度PK戦を制し、自身2度目となる5人目のキッカーとなった準決勝ではおおきく枠を外したが、3度目となる決勝戦では枠に入れ、優勝のその時をつくった。

 近年は、高校を卒業してからサッカー自体をやめてしまう者は少なくない。4000をこえる高校の頂点に立ちながらも、情熱をうしない辞めてしまうのだという。

 30年間、鵬翔高校サッカー部と歩んだ松崎監督にとって、選手権優勝は、かけがえのない賜物になったのはいうまでもない。エースナンバー「13」は70年代の名FWゲルト・ミュラーから影響されたことはその歴史をものがたり、過去に「13」を背負った興梠は日本有数のFWになり、また同校から何人ものプロ選手を輩出した。

 スポーツ界には、胴上げの高さは愛情の深さ、という通説がある。この日、宙に舞う松崎監督の高さはとびきり高いものだった。監督が見た風景は、情熱を失わなかった者しか見ることが許されない風景だったはずだ。


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