苦難

2010 年 6 月 24 日

記録とは塗り替える為にあるモノ。
誰かが言った、正に勝者の言葉。

第二次世界大戦で中断はしたもののワールドカップを開催するホスト国は全て、予選グループを勝ち抜いている。
ホスト国にとっての最低限のノルマであった。

記録は塗り替えられた。

南アフリカにとって不名誉である事は間違いない。
しかし未来永劫続くであろう、世界で一番大きな大会では「いつか」その日が来ると思っていた。
その、「いつか」が2010南アフリカ大会の南アフリカ代表であった。

2002年の日本代表にも、そのノルマが課せられ、ノルマを達成した矢先負けている。
ノルマのほかにジンクスというモノもある。
有名なモノは前年のバロンドール受賞者のいる国はワールドカップを掲げる事は出来ない。というモノ。
プラティニもファン・バステンもバッジョもロナウドもオーウェンもロナウジーニョもその呪縛から逃れる事は出来なかった。
今回はメッシが呪縛から逃れる事が出来るか。に注目が集まっている。
あまり有名ではないが、こんなジンクスもある。

次回開催国は優勝出来ない。

そう、セレソンことブラジル代表である。
2002年、初めてアジアで行われたワールドカップで優勝したブラジル。
私自身、優勝するのはアルゼンチンかブラジルであろう。と予想していた。
理由は「環境に左右されない肉体と精神力を兼ね揃えている」という答え。
幼少期から数百kmに及ぶ、バス遠征。試合。バス遠征。試合。
ヨーロッパの選手に至ってはアジア特有の湿度をに嫌悪感を剥き出しにしていた。
精神的に脆い様に思えた。
1994アメリカ大会。酷暑の中での試合で最後に勝ったブラジル。
どんな環境でも勝ちに行く。
その幼少期から叩き込まれたメンタリティーこそ『王国』と呼ばれ続ける理由だと私は考える。
ヨーロッパが内弁慶と揶揄され続ける理由は“そこ”にある気がしてならない。

ノルマやジンクスを打ち破る事の難しさは選手にとっても、チームにとっても、とても厳しい闘いである。
メッシにとってもブラジルにとっても、立ち聳える壁は高い。
だが厳しい闘いを勝ち抜き壁を乗り越えた者こそ後世まで語り継がれ、敬われ続ける唯一無二の存在になれる。
1958年ヨーロッパで行われたスウェーデン大会で唯一ヨーロッパの大陸で南米の国が優勝している。
ブラジル優勝の立役者。
エジソン・アランティス・ナシメント
人は彼を『サッカーの神様 ペレ』と呼ぶ。

私は今大会、幼少期の苦難を乗り越えたメッシに期待している。


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