2012 年 10 月 10 日

 子は親を超えられるのか。

 2001年3月、フランス・パリでは相当な意気込みをもってスタッド・ド・フランスで行われる、日本対フランスを楽しみにしている外国人がいた。
 当時、サッカー日本代表を率いていたフランス人のフィリップ・トルシエにとって、母国との対戦をまえに勝てる算段はあった。事実、彼は自分の家族をスタジアムに招待している。

 たとえ、その相手が98年W杯王者、00年欧州王者だったとしても。

 フランスの地は日本サッカー界にとってW杯初出場を決め、その地で「世界との壁」を痛感したその場所でもある。それからトルシエがチームを率いるとチームは目覚しい勢いで成長していく。世界大会での決勝進出、五輪の躍進、アジアカップ制覇、列強の国々と対戦しても結果がついてきたのはこの頃であり、昨今のアジアの盟主とよばれる礎(いしずえ)も創り上げたのもこの頃だろう。

 結果や功績からくる“算段”は大きく読み違え、結果は0-5と無残にも散った。監督を務めていた彼もまた招待した家族の前で大恥をかく。何かが悪かったわけではなく、勝利に必要なそのすべてが足りていなかった。完璧な試合をされての5失点は、ぬかるんだピッチを言い訳にできたとしても、その差を埋めるには高すぎる壁だった。

 ジネディーヌ・ジダンを擁したフランス代表は歴代サッカー史上、屈指の強さがあった。手も足も出ない日本人が多いなか、「海外組」中田英寿氏だけが飄々(ひょうひょう)とプレーしていた試合と、記憶されている方も多いのではないか。

 史上初の世界と欧州を連覇したチームとアジアを制した国との差はあまりにも大きかった。

 11年の歳月はフランスをも変える。ジダンの去ったチームは実力も、まとまりも失い、10年W杯ではグループリーグすら突破できないチームになり、大会期間中に練習をボイコットし、空中分解するほどの凋落(ちょうらく)を経験する。

 その後、ローラン・ブランが今年の欧州選手権では準々決勝に進出するまでチームを立て直し、現在はディディエ・デシャンが代表を率いる。かつてジダンと共に黄金期を築きあげた選手たちがフランスを再建している最中である。

 日本も11年前は2名だった「海外組」が、若年層からの育成が功を奏し、両手を使っても足りないほど各国に選手を送り出せるまでなる。

 フランス対日本、同じ場所で同じ相手と戦う。0-5のリベンジよりも11年分の成果が得られれば、日本サッカー界にとって価値ある試合になるのではないか。

 そもそも日本は、トレーニング選抜、指導者ライセンス制度などフランスの育成制度を参考にした国でもある。ことわざに「子は親を映す鏡」というものがあるが、鏡には何が映し出されるのか。


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