結束

2012 年 6 月 18 日

 欧州選手権2012がポーランドとウクライナで共同開催されており、欧州一をかけた熱戦がくり広げられている。各国のちからが伯仲し、予選2試合をたたかった時点で、決勝トーナメント行きを1国も決めていなかったことには驚かされた。

 A組では、最下位にいたギリシャが最終3節で勝利し、2位に滑りこむ。経済が破綻した同国の国民にとって、決勝トーナメント進出はこの上ないニュースだったに違いない。

 B組は「死のグループ」とよばれ、ドイツ、オランダ、ポルトガル、デンマークといった強豪国がひしめいた。おおくの識者もドイツ、オランダの勝ちぬけを予想していたが、ふたを開けばドイツ、ポルトガルが通過したのだから、サッカーのおもしろさを再確認させられた。

 2年前の南アフリカW杯準優勝国であり、円熟期をむかえたおおくの選手が揃っていたオランダの敗退に、ファンでなくとも驚きの結果である。
 88年大会、オランダトリオと呼ばれ、強烈なトライアングルを擁(よう)し、初制覇するものの、国際大会では毎回のように優勝候補にあげられては敗退する。

 過去の敗退理由のひとつに「差別」があった。PK戦になれば白人選手がとうぜんのように名をつらね、失敗し、大会から去ったこともあった。

 オランダ王家の色である、オレンジ色のユニフォームを身にまとい、過去にはサッカーというスポーツそのものを根底から変えた選手もいた。それからいつの世も攻撃サッカーを展開し、世界中を魅了したとしても、いぜんとして差別は根強いのだという。

 現在、スペインがサッカー界を席巻しているが、転換期は2008年にあった。自治州の考えかたが根強く、日本に例えるならば『◯◯県の人間とは話したくもない』といったことが通常だった。

 血の濃さ、ゆえの論争だが、04年から08年まで監督をつとめたルイス・アラゴネスが変革をもたらした。犬猿の仲だったカタルーニャ州の選手とマドリード州の選手を、遠征では同部屋にし、1対1の練習でもパートナーをつとめさせたのだ。
 メディアから集中砲火をあびる中、むかえた08年、みごと初優勝をはたし、嫌っていたとされる両者がかたを組んでよろこび、抱き合っている姿が印象的であった。

 長年、無敵艦隊と揶揄(やゆ)され続けた彼らはそれを境に、本物の無敵艦隊として世に君臨し、言うまでもなく今大会も優勝候補最右翼である。

 10年大会、34年ぶりにW杯準優勝をはたしたオランダの主将は、純粋なオランダ人ではない混血の選手だったことを思い出す。
 70年以降、いつの時代もスターを輩出しつづけるオランダにとって、本当必要なのは、名前や、肌の色でえらばない真の結束なのではないか。そう思わせるオランダ敗退であった。


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