栄枯盛衰

2012 年 5 月 15 日

 彼の席はドレッシングルームの出入口のわきにあり、性格を考えると気合いが入ってない選手をみつけては、きっと怒鳴りつけていただろう。
 来季、その椅子にすわる者は彼ではない。チームを去るという事はそういうことである。
 サッカーの試合は、主審が笛を3回吹いた瞬間に終わりを告げる。

 泣いていた。

 過去にドッキリテレビを仕組まれた事がある。日本でもお馴染みの「ドッキリ」という看板が出て、笑って終わる番組だ。彼の場合は違う。相手をカメラが回っている中でもお構いなしに蹴りを入れ、「ドッキリ」とわかっても怒りが抑えきれず逃げる相手をピッチさながらに追い回したのが記憶に残る。
 日本発の大人気コミック「キャプテン翼」で好きなキャラクターは「石崎」と答えたのも懐かしいエピソードの一つだろう。 

 荒っぽくタックルしボール奪取をする姿、敵ならば選手のみならず監督、コーチにも容赦しないさまから「闘犬」と呼ばれ、ファンから愛された。
 その闘犬が泣いていた。
 彼にとっては13年という時間を過ごしたサンシーロでの最後の試合であり、リーグ最終節の終了後ではなく、試合前のウオーミングアップ時に泣きじゃくっていた。

 無理もない。スタンドには今季限りでチームを去る、「8」「9」「13」の特大のユニフォームが用意されていた。試合前に泣く「8」を「9」「13」が慰めていた光景が印象的だった。

 日本のみで行われていた時代のTOYOTA CUPを機にイタリアのそのチームを好きになった方も多いのではないか。
 高校サッカー界をにぎわせ、プロサッカー選手という道を選んだ加部未蘭という選手もいる。父親が世界屈指の名門クラブ「ACミラン」の強さに魅せられ、産まれた我が子に未蘭という名前をつけたそうだ。

 9 FWフィリッポ・インザーギは得点で、13 DFアレッサンドロ・ネスタはエレガントな守備で魅了する一方、8 MFジェンナーロ・ガットゥーゾは熱さでファンを虜(とりこ)にした。

 5月13日セリエA最終節、サンシーロでミラン対ノヴァーラが行われ、2-1でミランが勝利でシーズンを終える。
 先制を許し、同点で迎えた67分、インザーギが投入される。有終の美を飾らせようと、ボールを集めるが、なかなか決まらない。
 82分、ネスタが投入されると10年間、苦楽を共にした盟友がそろうのを待っていたかのように、サンシーロに歓喜の瞬間が訪れる。
 ネスタの大きなサイドチェンジから、こちらも退団が噂されるクレランス・セードルフに渡る。ガットゥーゾにあずけ、再度セードルフに戻すとゴール前に浮き球を供給する。DFラインギリギリで抜け出す“らしい”動きでインザーギが逆転ゴールを決めた。

 4人が織りなした一連の動きは来季、見ることはない。

 そんな事を考えるとずっと観ていたい試合であった。
 だが、終わりは必ず訪れる。
 ガットゥーゾのタックルが入った瞬間、笛が鳴った。いつものことだ。そう思った直後、笛は3回鳴り、ミランの一時代も終わりを告げた。

  


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