諸刃の剣

2010 年 4 月 26 日

知的障害者サッカー日本代表というチームがあるのを御存じだろうか?
私は知らなかった。

配布されたパンフレットを紹介したい。
もうひとつのワールドカップ
2010年8月、日の丸を背負ったもうひとつの日本代表たちは南アフリカ大会で行なわれる「もうひとつのワールドカップ」に出場します。
オリンピックの年にパラリンピックがあるように、サッカーもFIFAワールドカップ後に、開催地を同じくして、「もうひとつのワールドカップ」と呼ばれる、INAS-FIDサッカー世界選手権大会が開催されます。
第1回大会は1994年オランダで開催され、2002ワールドカップ日韓共催大会より、FIFAワールドカップと同時開催されるようになりました。
日本の参加は、2002ワールドカップ日韓共催大会からです。
約5000人より選ばれた精鋭が、日本代表として戦います。全国から集まった若きイレブン達は、大きな夢、希望、そして日本代表としての誇りを胸に、南アフリカの地に立ちます。

日本全国から、より多くのご声援、ご支援が必要です。

と記されていた。
知的障害者が行なうサッカー自体を見た事が無かった私が、いきなり日本代表レベルのサッカーを目にする。
相手は健常者と聞いていたが、日本代表は私の予想を遥かに凌いでいた。
仮にユニフォームで分けなければ、誰が知的障害者か分からない位のレベルではあった。
素晴らしいサッカーをしていたと私は思う。
その日は2試合行なわれ、2試合目の相手は芸能人チームであった。
酷かった。本当に酷かった。
あまり、俳優やお笑いを職業にされている芸能人と呼ばれる方に詳しくはない私であっても知っている方々がピッチに立っていた。
両チーム共しっかりサッカーをしていたし、何より相手を尊重していたと私は思った。
この試合は実況と解説を兼任した格好で喋っている者がいた。
彼はそんな立場でありながら日本代表の選手の名前を1人として呼ばなかった。
喋ってるのは味方の事ばかりで
『コイツは俳優やっているんだが金がねぇ』
『コイツは酒を飲み過ぎて太った』
『コイツは昔は巧かった』
こういった類のコメントを散々した後、試合に出ている監督らしき選手と入れ替わって試合に出場してしまう程であった。
監督らしき選手が彼の代わりに喋るのだが、なんら変わる事なく前半を終えた。
それは、それで契約の中であったと言えばそれで済む。

だがこれでは、知的障害者サッカーの定着は難しいと私は思う。
この試合の主催の日本知的障がい者サッカー連盟とNPO法人 日本知的障害者サッカー支援機構の方々はこの試合をどう見ていたのだろうか。
この試合を見た人達の『心』が動いた。
とは、とても思えない。
少なくとも私は腹が立ったし、寧ろサッカーを冒涜された気がした。
解説に至っては同じ健常者として恥ずかしさすら覚えた。

日本知的障害者サッカーが本当にパラリンピックの様な形を目指すのなら、選手名鑑的な物を試合当日に配る。
観客は誰がゴールをしても、誰かが良いプレーをしても拍手しか出来ないからだ。
何番は誰か。が分かるだけで観客の反応はまるで違うモノになると私は考える。
観客から称賛されて嬉しくない選手など存在しない。
選手のモチベーションにも繋がると思うのだが。

後半は見る気もせず、会場を出たのだが
「芸能人がサッカーをする姿を見たい。」
すれ違った人達がこんな事を口にして、私と逆方向の会場へ向かって行った。
それはそれで人は集まる。

諸刃の剣という言葉がある。
両刃の剣とも読める。
両方に刃があるという事は自身も傷付けてしまう事を忘れて貰っては本末転倒である。


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