職業

2012 年 2 月 23 日

 不思議だったと思う。

 そのイタリア人にとって自分の仕事場の前に一人佇み、受付に備え付けられているテレビに夢中になっている日本人が不思議で仕方なかったのではないか。
 手招きされ入った其処はユベントスクラブオフィス本部であった。

 トリノに到着した18日も訪れたそこは試合当日なのか、土曜日なのか重厚な扉に鍵がかけられていて、ひと気がなかった。
 そして20日に再び訪れるとコートを羽織った何人ものビジネスマンが携帯電話を耳にあて、忙しそうに本部を行き来していた。
 備え付けられているテレビにはユベントスの下部組織の大会ローマ対ユベントスの決勝戦が行われており、押し気味に試合を進めている若きユベントスの選手たちに見入ってしまう。
 その時に手招きされ、入室を許されたのだった。

 試合はユベントスが2点を先制し前半を折り返した。20歳前後で構成されるチームは線は細いが技術的にしっかりとしたものがあり、状況においてボールの出しどころを変える術がすでに身に付いていた印象だ。
 今年の高校サッカー選手権を観戦したバルセロナのコーチは『日本人の技術の高さは認めるが、試合をさせると右から攻撃しようとしたら右からしか崩さない。左からも然り』と語り、続けて『大切なのは状況に応じて試合を進めることなんだ』と分析していた。

 22日、U-22日本代表が首位を争うシリアが敗れたこともあり、ロンドン行きに王手をかけた。
 結果以上のものを求められたこの1戦は4-0というスコアでマレーシアを圧倒した。特筆すべきは扇原貴宏の引き出しと球出しにあり、テンポよく散らす動き、DFラインで攻撃が停滞させないよう引き出し続けた結果が4得点に結びついている気がしてならない。

 4得点もセットプレーから1点、右から起点になったものが2点、左からが1点とバランスが良い。この結果を受け、レギュラーから外れてしまう者も自ずと出てくる。残酷だが、これもプロ選手という職業を選んだ宿命でもある。
 2010年、このチーム立ち上げの広州アジア競技大会で優勝したメンバーが現在、何人残っているか、に尽きる。

 首位を争っていたシリアが敗れた要因の一つに日本の大量得点が心理的にダメージを及ぼしたとしても、このチームを取り巻く流れは不思議な出来事が多い。
 とある識者が『ロンドン五輪において、警戒される女子よりノーマークの男子の方がメダルの可能性は高い』と語っている。
 マレーシアは大量得点を簡単に出来る相手でなかった事はテレビ観戦していても理解できた。そのチームを相手にこういう勝ち方が出来るチームを目にするとつい期待に胸を膨らませてしまう。


 若きユベントスが試合が試合が終わる頃、受付の190cmを超える伊達男と片言のイタリア語と英語ではあるが、サッカーの話ですっかり意気投合していた。『中田は偉大だった』と言い『長友の日本での評価』などを気にしていた。禁煙のはずの受付ロビーで外に通じる扉に煙草をもった左手だけを出し、会話をしながら煙草を吸っていた。

 夕方になり、忙しくなりだしたので『そろそろ行くよ』と告げると『ユベンティーノ?』と聞いてきた。そういえば好きなチームは聞いて来なかった。そうだよ、と答えると親指を自分の心臓に当て『ローマ』と答えた。
 なるほど、中田英寿が好きで、長友佑都が気になるわけだ。インテリスタでないことは薄々気づいていた。
 私は笑いながら『でも、あなたの仕事は?』と、聞くと自分の座っている「JUVENTUS Football Club」のデスクを野良犬を追い払うように『しっ!しっ!』と手を払い笑っていた。

 一緒にテレビ観戦をしたこの試合、ローマが1点を返すもののユベントスが逃げきり、1年ぶりの優勝を飾っている。どんな思いで自分の好きなチームが敗れるさまを眺め、東洋人が好きなチームと自分の職業でもあるチームを思い、話していたのだろう。
 サッカーというスポーツに対し、時に異常なほど情熱を傾けるイタリア人。
 職の選び方もまた不思議である。


コメントをどうぞ