指標

2012 年 2 月 11 日

 スポーツの世界における才能とは。

 心技体の充実は勿論だが、挙げ出したらキリがない程に競技によって適した才能も違う。

 先日、昨夏に海外移籍をしたが出場機会に恵まれない、とあるサッカー選手が語った『正直に言うと残りたくない。もっと出場できて、大事な役割を任されるチームがあればそこに移籍したいと思う』というコメントを目にした。
 世界指折りのビッククラブに移籍した日本人が発したもので、ご存知の方も多いと思う。
 賛否両論はあっていい。「在籍しているだけで意味がある」といった意見がある一方で、「泣き事を言うな」と、辛らつな意見も聞く。個人的に「もっと出場できて、大事な役割を任されるチームがあればそこに移籍したい」という部分は腑に落ちない。

 チーム史上最高傑作と呼ばれた選手が語る言葉に元チーム関係者も「世界」を知ったのか、「落胆」を覚えたのか。機会を作って聞いてみたい。
 落胆を覚えたのならば、彼にあったものとなかったものを分析し、次世代に受け継いでいくべき課題ととらえてもよいのではないか。

 そもそも移籍前に出場できるか、否かは世界最高峰に厳しいのは分かっていた筈で、大事な役割を任されるか、否かは本人次第な部分が大きい。

 20歳にも満たない選手の、一コメントに揚げ足を取るような事をしたが、移籍前の初心を忘れている気がしてならない。
 いささか風当りが強いニュースだが、才能を持たされた選手は必ず通らなければならない道であり、壁でもある。その壁を乗り越えた先にしか移籍の際、口にしたバロンドールがないのも事実である。
 何のために海外移籍を果たしたのか。
 指標なき願望こそ時間の浪費である。

 『しあわせの隠れ場所』というアメリカ映画がある。スラム街で育った身寄りのない黒人少年が、心あるアメリカ人家族に引き取られ、アメリカンフットボールというスポーツに出会う話で、実話を基にした作品である。
 恵まれた体躯を武器にアメリカンフットボールの常識を覆す存在になっていく。詳しいルールは分からなくとも、劇中でこの選手がいかに凄いかは分かる筈だ。
 この選手の場合だが、血の繋がりはなくとも家族を想う気持ちが行動を変え、プレーまでも変えていく様が描かれている。
 現在も、生まれ持った才能を開花させ、人々に夢や希望を与え続けている。

 どのプロスポーツ選手も何のためにプロ選手として、その競技を勤しみ、ファンに何を伝えるか。

 日本サッカー界の象徴で、生ける伝説となりつつあるKING KAZUこと三浦知良の泣き言を目に、耳にした事はあるだろうか。誰もが知る不運にも見舞われ、サッカー選手としての夢の場には恵まれなかった選手である。

 才能を持たされた者は時として残酷な局面を体感する。
 与えられしその局面をどう乗り切るか。言い訳で逃げるか、プレーで覆すか。
 無論、KAZUは言い訳などしない。


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