責務

2012 年 1 月 9 日

 サッカーにおけるエースナンバーは「10」だが、伝統校、名門校と呼ばれる高校には異なるエースナンバーがある。
 有名なもので小野伸二もつけた清商の「8」故松田直樹がつけた前橋育英の「14」そして小倉隆史が身につけた四中工の「17」がある。

 第90回全国高校サッカー選手権大会決勝戦が行われ市立船橋(千葉)が四日市中央工(三重)を延長戦の末2-1で破り、9大会ぶり5回目の選手権制覇を成し遂げた。

 16歳~18歳の高校生たちにとって、自信とはかくして短期間に身につくものだ。甲子園でも見受けられるその変化は当然、高校サッカーにも当て嵌まる。
 与えられた自信は個人を変え、チームそのものすら変えてしまう。

 今大会の四中工を初めて観たのは3回戦だった。千葉県市原臨海競技場の会場で第二試合目に行われる今大会屈指の好カード清商、市船戦に照準を合わせ、みるみるうちにスタンド席は人で埋まっていった。訪れるお客さんもスタジアムの階段を駆け上がった瞬間に『どっちが清商?どっちが市船?』やら『あと何分?』といった具合で、通路で立ち見をする者を注意してまわる警備員で物々しい空間を作っていた。

 その第一試合、後半ロスタイム弾で追いつき立命館宇治をPK戦の末に破った試合だった。 個人的な印象はといえばadidasからUMBROにユニフォームメーカーを換えた事くらいで、特に目立った選手もいなかった。

 その後、中京大中京(愛知)もPK戦の末に破り、7日、国立競技場で4日ぶりに観た四中工は別のチームになっていた。全国で勝ち進んだ結果は自信を与え、ドリブルにもパスにもシュートにも顕著に表れ、市原で観た四中工とは別物だった。

 夢の舞台で尚志(福島)に6-1で大勝したが、大黒柱の「17」國吉祐介が累積警告で決勝戦に出場できない不測の事態が起きてしまう。身体の強さ、読み、技術力を兼ね備えた主将の欠場が痛烈に響いた決勝戦だった。
 先行逃げ切りが漂い、国立競技場のオーロラビジョンに國吉の姿が映し出されると四中工のスタンドは沸く。そんな最中の市船の同点弾。

 國吉がいたら勝っていた、とは決して思わない。

 だが、高校サッカーにおける主将という存在は常に先頭に立ってチームを引っ張らなければならない責務がある。練習では勿論だが、練習が終わっても監督と部員の間も取り持たなくてはならない。自身も高校生なのだが、思春期の難しい感情も一手に引き受けなければならない。
 地方の地区大会1回戦で負ける高校も全国大会優勝校でもそれは変わらない。だからこそトロフィーを真っ先に受け取る権利がある。

 市船が同点に追いついた後半ロスタイム、四中工に必要だったのは國吉の高さ、強さ、読み、ではなく最も必要なのは國吉の「声」であり「存在」ではなかったか。
 市船の主将を務め、10番を背負った和泉竜司が同点弾、逆転ゴールの2点を叩き込み、試合を決めたのがあまりにも残酷な決勝戦であった。

 大会を通し勝利する事によって成長し、親御さん、在校生から卒業生、そして県民に興奮や希望を与える選手権大会。

 残酷だが、身についた自信が必ずしも結果として表れるとは限らない。

 高校日本一を決める舞台で怪我でも体調不良でも累積警告でも試合に出場出来ないそれそのものは自業自得の結果なのかもしれない。
 ただ、「両チームともに万全な状態で試合をやらせてあげたい」と、毎年のように思う。


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