無双

2011 年 12 月 20 日

 2006年クラブワールドカップの決勝で0-1というバルセロナ敗戦の結果を聞かされた時、落胆の色を隠せずにはいられなかった。
 ソシオ会員でもなければ、ファンでもない私が悲しくなったのは欧州CL決勝戦のアーセナルとの死闘があまりに面白かったからに尽きる。バルサに逆転された事で攻めるしかなくなったアーセナルが果敢に攻める。倒されたリュングベリが顔についた芝を拭わず、目をつむっている。
 体力の限界がみてとれた。
 試合後にビッグイヤーの前をうつむきながら素通りするティエリ・アンリの様相は敗者の姿そのものだった。たとえ過程が素晴らしくとも結果がついてこなければ素晴らしい過程はより残酷さを増す。

 全盛期を迎えていたロナウジーニョを中心に織りなすバルサの攻撃を止められる筈がない。故にバルサ優勝間違いない。そんな事を考えていた。

 やってみなければ分からない。

 その事を改めて教えられた2006年のクラブワールドカップ決勝戦だった。
 名前と前評判だけで白黒が決まるのならばサッカーというスポーツがこれほど世界中で愛されなかっただろう。

 12月18日、クラブワールドカップ決勝戦バルセロナ対サントスが行われ、4-0でバルセロナが圧勝した。
 開始7分のサントスの速攻があり、戦況は読めずにいるとメッシの1点目で2006年が杞憂に終わる。目の前で繰り返されるパス回し、相手がボールに触ることすら許さない攻撃、真綿で首を絞めるような攻撃にテレビの中でみるバルサがあった。

 バルサの強さを今更、紐解く必要はないが一つ言える事は共通理解にある。強豪といえど5人もしくは6人あればいい共通理解をこのチームの場合、ピッチに立つ11人全員が理解している。
 「攻めろ」と「繋ごう」といったメッセージがパスに込められている。
 例えばだが、攻めている場合「攻めろ」というメッセージが込められているなら体の向きが相手ゴールに近い足に出し「繋ごう」というメッセージならばゴールより遠い足に出す場合が多い。
 日本では過去に名波浩氏が多用していた。そのパスに攻撃陣が理解し、ジュビロ磐田は全盛期を迎えている。
 半端な技術ではなく、バルサはGKからそれを理解し、位置取りも緻密で位置にいない場合は猛ダッシュで戻る。
 移籍が頻繁な昨今で「育成」に重きを置くチームの強みの結晶なのではないか。

 サントスに勝ち目がなかったか、と言えば私はそうは思わない。
 1つとしてネイマールは選手としてもっと賢くならなければならない。
 19歳のこの青年はベテランの域に達した世界指折りのDFプジョルに執拗に、そして果敢に1対1を仕掛けていた。確かにバルサ守備の要でもあるプジョルを抜き去ることが出来れば、チームとしての精神的なダメージは計り知れない。
 だが、1対1に強い右サイドのプジョルを避け、左サイドで勝負する事も出来た。プジョルと違い、左サイドに構えたアビダルは時折だがオーバーラップを仕掛ける。空いたスペースは十分狙えたし、1対1の勝負ならプジョルよりも勝てる見込みがあった。
 この試合はネイマール対プジョルでもなければ、無論、メッシ対ネイマールでもなかった。1人で勝つことが出来なければチームメイトの力を借りて勝つ事が出来た筈だ。サッカーとは個人競技ではなく、団体競技である。

 スペイン、バルセロナ市にある世界遺産サグラダファミリアはアントニ・ガウディの未完成品として有名である。

 現在のバルサは未完成品か否か。


コメントをどうぞ