尺度

2011 年 11 月 29 日

 日本は強くなった、確かに強くなった。そう確信を持てる試合であった。

 11月27日、ロンドン五輪アジア最終予選3戦目が行われ、2連勝同士の首位決戦となった1戦。U-22日本代表がU-22シリア代表を2-1と下し、ロンドン五輪出場に大きく近づく勝利となった。

 会場の国立競技場に着くと、マシンによって水が撒かれていて、日本のパスサッカーを生かす配慮があった。風があるときは気にならなかったが風がやむと霧になり、時折だが、幻想的な風景になる。
 幻想的な風景もバックスタンド最上段まで使用しない事には、過去の盛り上がりを知るもの達にとっては夢であって欲しい。と、つい願ってしまうものだ。
 近年の五輪予選は観客動員数が減少しており、日本サッカー協会も様々なテコ入れを試みるがなかなか成果がみられない。理由として挙げられるのが一昔前ならば、対戦国の実力差が拮抗し、緊迫感のある戦いが繰り広げられていた事に尽きる。
 勝つか負けるかの瀬戸際の戦いを期待し、いわゆる崖っぷちの戦いがそこにはあった。
 そして、緊迫感と出場への渇望が多くのファンの足をスタジアムに足を向けさせた。

 近年は「五輪は出場して当たり前」といった風潮が根付き、嬉しい悩みではあるが日本サッカーの進歩が逆に裏返しとなってしまった感が強い。
 このロンドン世代の選手達は、打たれ強く、たとえ先制点を奪われても試合をひっくり返せる力がある。1試合ごとの確かな成長がみてとれ、この世代からA代表の試合に出場し、起点になれる選手までもが現れている。
 進歩の証拠が1.5軍と呼んでも差し支えない日本代表で、同グループ首位のシリア代表相手でも同点弾を許したとしても勝ち切ってしまう。失点した場面も相手の技術と幸運が折り重なった類のものだった。
 攻撃面の更なる充実には、国内組の奮起が必要不可欠だろう。A代表にも招集された選手不在を生かせる少ないチャンスに捉え、ゴール前でパスやスルーといった選択ではなく、貪欲な仕掛けをもっと見たい。
 この日の大津のように大事な場面で海外組が決め、助けられる現実に試合を観た者、もしくはダイジェストだけを観た者たちは「結局・・」といった“海外組ありき”の考え方に必然的に傾いてしまう。相手GKの好セーブがあったにせよ、結果として、自らが自らの首を締めたと言っても過言ではないだろう。

 4年前の同時期、チームも、個も、北京世代と比べた場合、どちらが強いか。といった類の問いがあるとすれば、想像に難しくはない。アジア大会の金メダル獲得の結束を生かすのは実力のある同世代の招集よりも、確かな才能を感じさせる若手の招集を期待したい。
 何の世界でも“当たり年”と呼ばれる年はたしかに存在する。例え、相手を尊重できなくとも五輪予選をU-19中心+U-22で挑む日本代表もみてみたい。
 特に今回は、抽選結果の時点で「楽なグループに入った」と言われていた。ふたを開けば評価どおりの相手にみえ、グループ折り返しの試合で誰もが思った事ではないだろうか。
 アジアとの実力差が開きつつある昨今ならば、五輪予選は下のカテゴリーの経験の場であってもいいだろう。その方がよっぽど強化になり、経験にもなり、新戦力発掘にもなるのではないか。

 ロンドン五輪でメダルを狙うチーム作りか、国際舞台経験と捉えるロンドン五輪か。

 目線の違いが未来の違いに表れる。

 来年2月5日に再開される最終予選の選手選考には、目標と尺度を見据えた変化のある招集を期待したい。
 軸さえ変わらなければ、このチームはもっと化ける。


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