セリビアの奇跡と呼ばれる試合がある。
1982年W杯スペイン大会の準決勝、西ドイツ対フランスとの試合で起こった奇跡である。延長戦、交代で試合に入ったエースの追撃ゴールで知られ、この得点からは「魂で押し込んだ」とも言うべき泥臭さがあった。
将軍ミシェル・プラティニ率いるフランスと1-1で延長戦へ、延長前半2分、8分と2点を決められ1-3というスコアから投入され、監督からは『(西ドイツの心理の為に)ピッチにいるだけでいい』と告げられ延長戦前半途中されるとファーストタッチでゴールを決めてしまう。右足太ももの筋肉が断裂しているにも関わらず怪我をしている右足で得点という結果で存在感を示した。その後チームは勢いを取り戻し、同点に追いつきW杯史上初のPK戦を制し決勝戦に駒を進めている。
後にミスターヨーロッパと呼ばれるドイツ人、カール・ハインツ・ルンメニゲがこの試合を振り返り、こう語っている。
『ファーストタッチでゴール出来たのです、すると試合の心理状態が一変しました。このゴールでフランス優位から我々の優位へと変わった。』と。
セリビアの奇跡がチームがエースに対し揺るぎない信頼によってもたらされた奇跡ならばサッカーにおけるエースの存在は必要不可欠なのは言うまでもない。
9月29日、2014年ブラジルW杯アジア地区3次予選、ホームのタジキスタン戦とその前哨戦となる親善試合ベトナム戦に向けた日本代表メンバー23人が発表された。
「絶対的エース本田不在」の穴を如何にして埋めるかに注目が集まる中、藤本淳吾だけが久しぶりの招集だけに留まった。
サプライズと呼べるものもなく、内田篤人の負傷により多くの識者、そしてファンが熱望し海外スカウト陣から熱視線を集めているU-22日本代表DF酒井宏樹の招集も見送られ、個人的に大した驚きがない招集に思えた。
本田不在の日本代表は軸になる歯車のない機械と言い換えてもおかしくはない。様々な選手を当て嵌めては失敗している感が否めない。事実、本田が欠場してからは辛勝もしくは引き分けが続いている。
「本田が帰ってくれば万事うまくいく」と考えているのは十二分に理解出来る。だが、逆境にある本田不在をもっと生かしても良い。
昨年の南アフリカW杯前にコンディションが上がらなかった中村俊輔を最終的に外し、チームは大きな成功を納めた。選手は人間であり、人間には好不調が必ず訪れる生き物である。
約3年チームを率いて来た岡田武史前監督の理論やサッカー観があったにせよ、端から見た場合、付け焼刃的な人選、戦術で奇跡的にベスト16まで残れた、と言っていいだろう。
奇跡を前提に試合に望むのと奇跡を呼び込む試合には大きな隔たりがある。
1980年ヨーロッパ選手権を制した西ドイツが大会制覇に大きく貢献したエース不在でもシャンパンサッカーと賞賛され全盛期を迎えつつあったフランスを1-1で90分を終えた。
90分をエース不在で戦い、1-1の同点で終えなければ「セリビアの奇跡」なるものは訪れなかったのは言うまでもない。
2010年南アフリカW杯での成功を例に挙げるなら間違いなく「一体感や守備」が挙げられる。
歴史も浅く、伝統なるものも未だない日本代表にとって勝利したモデルケースや長所を磨く事に重点を置く事は出来ないものか。
アジアと戦う場合、例え、アウェーでも失点しない強さを求めたい。
先のウズベキスタン戦での失点は明らかに吉田麻也のミスである。ミスをしっかり怒れる選手が現代表選手の中にいるか。守備力は勿論、得点も期待でき、選手に叱咤激励でき、チームに一体感をもたらせる選手、そして代表選手の意味を問える選手が今、必要なのではないか。
私は田中マルクス闘莉王を推したい。
負傷明け、負傷中の選手を呼び、改めて本田のポジションに選手を当て嵌めるのか。常々『相手に読ませない』と語るザッケローニ監督だが皮肉にも本田不在の脆さは露呈してしまっている。
無論、ルンメニゲと本田はポジションもまわりにいる選手も全てが異なる為、比べるつもりは毛頭ない。
最終的な目的地を2014年ブラジルW杯に定めた現在、チーム作りの最中で絶対的なエースを決めた戦い方をしている事に、いささか危機感を覚えてしまう。
攻撃の核を欠き模索中ならば、守備から作る攻撃を模索しても良い。
如何なるスポーツも攻撃は水ものと云われる一方で守備が強固でないチームは必然的に弱者にまわる事実がある。
10月7日のベトナム戦を興味深く観戦したい。