2011 年 9 月 7 日

 サッカーを最新の統計学で表すと先手必勝のスポーツなのだという。
 その統計学を昨季のJリーグに当て嵌めると先制点を奪ったチームの勝率が7割で、引き分け2割、逆転負け1割なのだという。

 北朝鮮戦の不調が響いたのか柏木陽介に代わり阿部勇樹がアンカーの位置に入る。アウェーのウズベキスタン戦を「守備的」に挑んだ。染み付いた戦術なのか、それが指揮官からの指示なのか長谷部誠がトップ下のポジションに入るがミスが重なり、なかなかリズムが作れない。守ってもウズベキスタンが攻撃が始まると地鳴りのような歓声がピッチを包む。萎縮もあったのか、「らしさ」が見られない。
 ウズベキスタンの大味な攻撃に、フィジカルを生かしたドリブルや主に19 デニソフの精度の高いロングパスに手を焼く。チーム全体が間延びし、ボールを捕りに行っては躱され、効果的にプレスがかけられない。
 アジア王者の日本を研究されてたのは言うまでもない。しかし、今やアジアで日本相手に研究して来ないチームなど皆無であろう。
 守備に定評のある阿部が投入された理由の一つにバイタルエリアのケアがあると思う。先制点を許した前のプレーは、そのバイタルエリアを使われシュートを打たれポストに救われた。一旦はクリアしタッチに逃れるものの悪い流れを遮断出来ずに招いた先制点であった。
 前半は李忠成の惜しいシュートが何度かあったが相手GKの攻守にポストに阻まれてしまう。ちぐはぐな攻撃、場当たり的な攻撃に終始し、最後まで得点の匂いを感じさせなかった。

 後半、阿部に代わり清武弘嗣が投入されると本来の日本の攻撃のリズムが生まれる。20分に見事な崩しから岡崎慎司の同点ゴールが生まれる。長身のハーフナー・マイクも投入されウズベキスタンのゴール前に大きなターゲットを得る、逆転も時間の問題かと思われたがターゲットを有効に使う事が出来ない。
 シンプルにハーフナーに当て、こぼれを狙う事も十分出来た。執拗に狙えば、それが布石になり、変化に富んだ多彩な攻撃も可能だったのではないか。そんな事を感じるウズベキスタン戦であった。
 北朝鮮戦でも見られたが8月10日に快勝した韓国戦以降、攻撃が雑に映る。綺麗に、美しく、そして相手を圧倒して勝ちたいという気持ちは選手達のコメントの端々からも聞き取れ、実際に口にする選手すらいる。いくら日韓戦で過去最高と言っても過言ではない快勝を、絵に描いた快勝をしたといえど、どうやらワールドカップ予選は別物の様である。

 日本の長所は足元にボールがある時に生かされる。ウズベキスタンに対し、高さ、フィジカルで劣るにも関わらず、縦パスが頭や胸への供給が目立った。日本人が劣勢に立たされるボディコンタクトにわざわざ勝負に出向いていては攻撃の起点を作る上で確率は必然的に下がるのは言うまでもない。パスコースは3次元にしかなかったのか、なにゆえ、2次元で勝負出来なかったのかが課題に映った。
 岡崎の同点ゴールを見るとより顕著であろう、2次元で崩し、サイドから3次元のパスを送った。そこに走り込んだ岡崎。つまりは動きの質なのだろう。効果的に動けず、泥沼に片足を入れてしまった、そんな感が否めない試合展開であった。
 画面越しにも伝わってくる勝利への執念が試合中に時折しか感じられない様では同点が精一杯だったのかも知れない。
 このチームの柱でもある本田圭佑が欠場している現在、綺麗に、圧倒的に試合を終始するという理想を捨て、現実を、足元を、今一度見直さなければならない時期であり本田のいない時期にチームが如何にチームとして成長出来るか、それこそが現在このチームの抱える課題なのだと私は捉える。個に頼りきっている様では分厚い選手層も築けなければ「圧倒して勝つ」など絵空事そのものである。
 今後、遠藤保仁不在の時、長谷部の不在の時も有り得ない話ではない。

 ピッチコンディションを口にする者もいる。試合前、たんぽぽが生え、クローバーが生い茂っていたピッチも試合前に刈りこまれ、外目には問題なさそうに見えたが転倒したり、足を取られる選手も見られた事から相当に悪かったのだろう。
 深い戦術眼、豊かな人心掌握術で知られる城福 浩氏が選手を見定める時に次の事を口にしていたのが思い出される『プロなら絨毯のようなピッチで良いプレーが出来るのは当たり前。ボコボコだったり、グチャグチャな劣悪な環境で何が出来るか、私はそこを常に見ています』とコメントしていた。相手も同じ条件で戦っているのだから言い訳にはならない。

 この日のアウェー戦での引き分けを教訓に出来るか否かが今後を分けるのは言うまでもない。
 アウェーで決して与えたくない先制点を奪われ、後半に見事な形で同点に追いついたのは十分に評価出来るのだが、後半に入り阿部を外し、清武を投入し、慣れ親しんだフォーメーションに戻した途端に日本は息を吹き返した。この変化の様をザッケローニ自身も気付いたのではないか、「日本人には守備的に」というやり方は向いてないという事実を。
 日本代表が持てる攻撃力を放棄し、守備的に試合に挑み勝利した経験はマイアミの奇跡以外、私は知らない。
 実力差が天と地ほど違う相手ならば、守備重視の策は良い方に転がる場合がある。しかし、アジアを相手にした場合、例えアウェーでも自分達の形で試合に挑んで欲しい。その方が問題点もより明確に、早急に、浮き彫りに出来る。本気で2014年ブラジルワールドカップにおいて上位を狙うのならば、アジア相手に守備的に怯んでいては進歩の速度に違いが出て来るのは言うまでもないだろう。

 このウズベキスタン戦が今後のザッケローニにとって一つの指針になってくれる事を心から願う。何事も経験、勉強、とは言うが守備を重んじるとやられてしまう、という事は今年1月のアジアカップでの韓国戦で経験済みの出来事ではなかったか。

 『こういう苦しい戦いをすればみんな精神的にも成長できると思う』そう語った長谷部のコメントが何故か虚しかった。

 右肩上がりのチームに必ず訪れる落とし穴に見事に落ちた、そんな引き分け試合であった。
 落ちた穴から這い上がる、這い上がれる強い日本を期待したい。
 世界を、過去を見渡した場合、真の強き者とは必ず這い上がってくる力を持っているものである。


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