当意即妙

2011 年 9 月 4 日

 サッカーの試合において劇的とは、こういう試合を差すのだと思う。

 台風接近で開催が危ぶまれたが無事に9月2日、2014年ブラジルW杯3次予選が始まり埼玉2002スタジアムで行われた。
 チームの柱、本田圭佑が怪我で欠場しトップ下には予想された柏木陽介が入る。アジアカップでも任されたポジションなのだから、とは思ったもののしっかりボールを収められる前田遼一がいない為か、歯切れの悪い攻撃に終始する。ボールの収まりどころが見当たらない、どこかで綺麗にやろうとし過ぎる感が否めない、そんな前半戦に映った。
  ピッチが濡れている事はパスサッカー主体の日本に試合が優位に働く事に異論を挟む者はいないだろう。
 雨がパス主体の攻めのチームに対し有効、という事の一つにボールが通常よりも伸びる事にある。スペインのレアル・マドリーを指揮するジョゼ・モウリーニョ監督がバルサとの対戦前、通常ならばピッチに水を撒くのだがバルサのパススピードを殺す為にサンチャゴ・ベルナベウのピッチに水を撒かなかった有名な話がある。ボールスピードを殺し、小さなズレにつけ込む策に賛否両論はあっても勝ちたい気持ちの表れでありサッカーの一部である。
 ボールが伸びる最大の利点はシュートに最も表れる。低めのバウンドするシュートならば効果覿面なのは言うまでもないだろう。バウンドする度に伸びがありGKにとっては最も処理しにくいボールである。
 処理しにくいボールを打てず、打っても枠に飛ばなければ0-0の前半戦は当然の結果であろう。
 前半半ば、台風の真っ只中を思わせる豪雨がピッチに、そしてスタジアムに降り注いだ。屋根がないゴール裏の観客は無論、ずぶ濡れである。そんな中でも必死に声援を贈り、選手と共に戦っている。そして、どよめき、奇声、悲鳴、歓喜が起きる時こそが両チームの攻撃がシュートで終えた瞬間である。
 後半に入り、似たような展開が続くが選手交代で活路を見出そうとする、が好機は作れても、得点には到らない。
 世界中で高度な戦術が実践され、コアなファンを魅了している。別にコアでなくとも戦術に魅了される最大の要因はシュートで終えることにある。サッカーを観戦する上で最高の瞬間であり、逆にシュートをされたのならば肝を冷やす。その感情の起伏こそサッカーの魅力の一つに数えられる。
 試合終盤、スタジアムは沸きに沸いた。間違いなくシュートの連続が招いたものである。
 吉田麻也が挙げた決勝点にスタジアムが揺れる瞬間こそサッカーを観戦する醍醐味ならば、シュートへの意識を上げなければチーム力の向上にも継らなければ、人気衰退にも繋がり兼ねない。
 現に前半終了後、北朝鮮ゴール裏の観客は後半開始の笛がなっても席に戻っては来なかった。
 雨が嫌なのかも知れない、体調が優れず風邪をひいてしまうからかも知れない。ただ、魅力あるサッカーをしていたのなら観客は後半開始の笛と共に必ず席に帰って来る筈だ。
 ゴール裏のカテゴリー5の席の価格は3,000円である。いまや凄まじい時間で売り切れてしまうチケットにお金を払い、スタジアムまで来て前半戦が終えた時点で『雨で濡れたから』と言って、サッカーに興味を抱いた者が果たして帰るのだろうか。
 吉田の劇的ゴールをスタジアムで見た方々は幸せ者で、帰ってしまった方々は不幸せ、という話ではない。各々に様々な理由があったとしても前半戦の戦いを見て、後半に期待出来なかったのは容易に想像出来る。
 初のW杯予選に緊張してしまった、柱である本田が欠場していた、など要因はあるにせよ日本のサッカープレイヤーの頂点達の試合に退屈さを感じさせたのは間違いないだろう。
 良かった点も無論あり、ドリブルを織り交ぜ、清武弘嗣、香川真司を中心に小さく中を使ってから大きなサイドチェンジを行ったり、ハーフナー・マイクの動きの質も確認出来た。守備も危険な場面は殆どなく、決定的なシーンを作らせなかったのは評価して良いだろう。欲を言えば使い切らなかった交代枠の一つで田中順也を試して貰いたかった。あれだけのシュート力がある選手をベンチに座らせておくのは余りに惜しい。
 今回出た課題もアウェーで行われる6日のウズベキスタン戦で修正出来たのなら前半戦終了後に席を立った観客は後半開始の笛と共に自ずと席に戻って来る筈だろう。
 ザッケローニが監督に就任して以来、なでしこジャパンW杯制覇以降、サッカー人気は人に様々な変化をもたらした。
 サッカーに何の興味を抱かなかった友人から『なでしこの試合見たよ』とか『今度の北朝鮮戦いくよ』など、嬉しい言葉を聞く。明らかに変化がみられる。新たな顧客を迎えようとしている現在、つまらない試合をしていたら自ずと離れていく。そういった意味では北朝鮮戦は勝ち点以上に貴重な試合ではあった。

 浦和美園駅からの道中、日本代表のユニフォームを見に纏ったファンが目に入る。
 引退から何年経っても「NAKATA 7」のユニフォームを身に纏うファンがいるのは個人的に感慨深くさせられる。雨の日の中田で思い出されるのは2001年に行われたコンフェデ杯準決勝での1戦。土砂降りの雨の中、フリーキックを直接叩き込んだのを多くの方が想像出来ると思う。
 試合後『この雨だったので、どこかに当たって入ればいいなとは思っていましたけれども』とコメントしている。俗に云う「サッカーIQ」の高さが窺い知る事が出来る。

 この日、スタジアムへ向かう道中「MATSUDA 3」を見かけた。10年前なら珍しくなかったユニフォームもドイツW杯以降、全くと言っていい程、見られなくなったユニフォームを見かけた。

 『「弱っ!」とかって言われるんでしょうね』

 去る8月6日のJリーグ第20節終了後の中村俊輔のあくまでも空想のコメントである。
 8月4日、惜しまれながらもこの世を去った松田直樹氏に選手入場の際、選手全員が背番号3のユニフォームで入場し、「勝利を捧げる」と意気込んだ柏レイソル戦で0-2と完敗。試合終了後に『松田選手になんて言われますかね』の問いに思い浮かべ、悔しそうにそう語った。

 試合が終わり、雨が止み、星が見え始めた空から故松田直樹は北朝鮮戦を観て、何と言うだろう。
 北朝鮮戦で露呈した課題は9月6日に修正すれば良い。そうやってザッケローニが率いる日本代表は試合を行う度に逞しくなって来た。
 守備はよほどの事がない限り、破綻しないであろう。そしてシュートで終われる攻撃が出来るチームを人は弱いとは決して言わないだろう。
 9月6日に期待したい。


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