‘baseball’

場所

2012 年 9 月 19 日

 広島市民球場は字のごとく、広島市民のための球場だったと聞く。

 1957年、平和公園、原爆ドーム、といった歴史的な建造物に隣接する、中国地方初となるナイター設備が完備された球場誕生は市民に大きな喜びをもたらした。
 読売ジャイアンツが前人未到の9連覇を果たした70年代に入るまで、リーグ優勝を果たせないチーム成績、とても常勝とはほど遠いチームにも関わらず、21世紀になった現在でも熱烈なファンは多い。
 日本の成人のおおくが、一度は読んだことがある漫画「はだしのゲン」の中でも、現在でも続く野球界の縮図の一つを表した広島市民球場の帰り道にこんな会話がある。

 『なぜ、巨人に勝てない』

 『巨人には選手がそろっている』と慰(なぐさ)める場面がある。だが、怒り心頭であり、決して慰められたようすはない。「はだしのゲン」の時代背景から、そうした郷土愛、チーム愛を読みとることができる。

 60年代、高度成長期を経た日本。野球界も変革をとげ、各チームが「球場」から「スタジアム」に戦いの場を移し、広島も市民球場から「MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島」にその場を移している。
 近代的で、メジャーリーグを彷彿とさせる内野、試合を観ながらバーベキューができる施設、アクセスも良く、今季はクライマックスシリーズも手の届く場所につけている。

 旧広島市民球場に訪れたことがある者ならば分かる話だが、言葉を悪くいえば、プロ野球をするには首をかしげたくなるほどに小さく、古めかしい印象がつよい。

 それでも市民はその球場をある種、過剰なほどの愛情を注ぐ。

 その一つに広島県出身のミュージシャンであり、広島カープの熱烈なファンで知られる奥田民生氏は、その球場でコンサートをすることに強く望み、さまざまな困難を乗り越え、それを成功させている。
 そうした場所も2010年、閉鎖が決まる。取り壊しが決まると、歴史を作ってきた品々はオークションにかけられ、球場を愛したファンの手に渡ってゆく。

 その場所に新たな計画がある。旧広島市民球場の跡地を利用し、サッカー専用スタジアム建設というものだ。

 記録によると1957年の開場に至るまで、おおくの問題を乗り越えた球場でもあった。そこに住む、地元住民からの猛反対もあった。それでも、県民の情熱が反発を押しきり、球場完成にまで至らせた、とある。

 歴史を作ってきたその場所にスポーツは違えど、あの頃のように「0」から新たな歴史を築いてゆける喜びは、市民の、県民の特権でもある。
 2012年9月15日、J1リーグ第25節、ベガルタ仙台との首位決戦を制したサンフレッチェ広島は、勝ち点2差をつけ単独首位に立った。
 Jリーグは残り9節で終了する。仮に優勝すれば、この計画は勢いを増すだろう。


不思議

2012 年 2 月 7 日

 5日、シリアの緊迫状態を考慮し、中立地ヨルダンで2012年ロンドン五輪アジア最終予選・第4戦のシリア戦が行われ、2対1でU-23日本代表は敗れた。

 『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』

 この試合は野球界の重鎮である野村克也氏が語った、この言葉に集約されているのではないか。
 このチームの場合、先制される事は珍しくはなく、先制されてもひっくり返せる力を持ち、幾多の試合を勝利してきた。何故か勝てる、何故か勝ってきたチームが、この日負けた。
 何度もFW永井謙佑に助けられ、勝利してきた不思議は敗北という現実を受け、今後どう影響を及ぼすのか。

 『結果に貪欲に』と語っていたFWは貪欲に勝負すべき場面で、何度も味方にパスを送り続け、好機を逸し続けた。2年前の立ち上げからチームを知る大黒柱の選手は、試合勘が戻らないのか、目を覆いたくなるミスパスを連発した。現代サッカーの生命線ともいえるポジションで、あれだけミスを繰り返しては攻撃が成り立つはずがなかった。

 海外組の招集もうまくいかず、エース清武弘嗣の直前離脱、試合序盤の山崎亮平のアクシデントがあったとはいえ、共通理解を感じない攻撃に終始する。

 28年間、閉ざされてきた五輪出場という扉を、死に物狂いでこじ開けたアトランタ世代から早16年が経つ。
 ノルマとなり、義務となった五輪出場は小さくない重圧に変わり、過去に試合後インタビューで涙を浮かべ、話す指揮官もいた。新たな五輪が近づく度に弱体化が叫ばれ、迎えたロンドン世代はいつになく最終予選のグループに恵まれた。
 その恵まれたグループでの「出場黄信号」は驕った結果の表れだろう。

 シリアは強かった、確かに強かった。
 負ければ1位通過が絶望的な状況で90分間攻め続けた。皮肉にも、結果に貪欲に攻め続けたのは日本ではなくシリアだった。最後まで諦めない気持ちが乗り移ったかのような渾身のロングシュートが新たなU-23日本代表の目覚めになる事を信じたい。


 GKグローブが国の情勢を表しているようだった。

 白色が深いクリーム色になり、何年使用しているか分からない程に使い込まれたシリアGKアルマのグローブは権田修一のグローブからは感じることのない切迫した国情を表しているようだった。

 スポーツが希望や力を与えてくれるのは3・11を経験した我々はよく知っている。だからこそ、3月29日のKAZUのゴールは、例えチャリティーマッチとはいえ大きな価値があった。
 5日に行われたこの試合、シリアの若者たちは同じものを背負って戦っていただろう。

 だからといって国を背負い戦う国際試合において、負けていい試合などない。
 少しばかり遠回りし、苦労して手にする五輪切符の方が、目的地ロンドンをより良い形で戦える、と考えても不思議ではない。


三角形

2012 年 1 月 11 日

 アスリートの成長。
 その成長過程の1つに「人の注目」が必ずある。

 現在、解説者として活躍される元プロ野球選手、桑田真澄氏の父親との思い出は大変面白く、そして興味深い。
 父親に生まれて初めてグローブを買って貰い、翌日キャッチボールを楽しみに学校から戻ると父親によってグローブは切りきざまれ中綿が抜かれていた。
 父親に問い詰めると『使うトコロは残してある』と答えたそうだ。

 野球自体をしたことはなくともキャッチボールをたしなんだ経験は多くの方がお持ちだろう。野球のグローブにはポケットと呼ばれる部分があり、そこでボールを捕球すれば落球が少ないのは勿論だが、「パーンッ」といったいい音が出る。そして何より指が痛くない。
 のちの大投手となる桑田真澄氏にとって最初のグローブはポケット周辺だけ中綿が残った歪なグローブだったという事になる。ここに父親の言いたい事が詰まっていて、他は抜かれている為、他の部分で捕球すると指が痛くなる。まわりくどい説明より一番伝わるトレーニング法と言い換えることが出来る。

 数多くの逸話の中で一番興味深いのが試合の日の「人集め」にある。父親は練習試合だろうと公式戦だろうと父兄は勿論、親戚、友人、友人の友人まで集めたそうだ。
 大勢の人に囲まれ、試合毎に緊張状態を作る。
 試合をすればエラーや三振もあるし、ナイスプレーだって当然出る。
 前者は恥ずかしく、後者は喜びを与えてくれる。子供心を巧みに汲み取ったもので関心させられる。
 子供ながらに恥ずかしい思いをしたくないから練習し、喜ばれたいから練習する。

 その環境で育った桑田真澄氏は甲子園を騒然とさせ、プロの世界に行っても数多くの功績を残し、そして感動を多くのファンに与えてくれた。

 幼少期に多くの人に見られる事によって生まれる感情の起伏、積み重ねた努力の結晶が桑田真澄という選手を作ったのならば、スポーツに限らず、何の世界でも頂点を目指す者にとって大切なのは「人に見られる」という事に尽きるのでは。

 第90回全国高校サッカー選手権大会が先日終わり、会場で、テレビで、と数多くの試合を観戦させて貰ったのだが、毎年のように注目される試合の会場選びに疑問符が残る。

 前大会、青森山田(青森)の柴崎岳(現 鹿島)に多くの注目が集まっていた。3回戦で優勝した滝川第二(兵庫)に敗れてしまうのだが、その試合が行われたのは東京西が丘サッカー場だった。
 収容人員7,258人のこのスタジアムは試合前から長蛇の列が出来ており、試合が始まる頃には立ち見客で通路も埋まっていた。
 今大会でも市原臨海競技場で行われた好カード清商と市船の試合、スタンド席は早々に埋まり、芝生の傾斜がついた場所で数多くのファンが試合を見守った。
 試合が終わり、その場所まで行ってみたがスタンド席とは全く違う光景が拡がっていた。得点しか盛り上がれないその場所で観たファンは有意義な時間を送れたのだろうか。
 前売り券1,300円、当日券1,500円のチケット、確かに安価だが早い者勝ちのこのシステムでは如何なものか。

 もし、好カードを多くの人員を収容出来るスタジアムを選んでいたらファンも真冬の芝生の上に座っての観戦をする事もなければ、立ち見などもせずに試合を楽しめたのではないか。
 何より協会も興行的に成功と呼べるものに必ずなった筈だ。

 無論、簡単な事ではないが試みる価値は絶対ある。
 贔屓するつもりはないが、好カード、注目選手だからこそ人が集まるのではないか。

 90回の歴史の積み重ねが名勝負を、名選手を産み出したのならば、協会、選手、観客のトライアングルが満足出来る環境作りにも着手がそろそろ必要なのではないか。


一歩

2011 年 9 月 17 日

 プロ野球の世界では巨人ファンが圧倒的に多いのは承知の事実である。

 少年時代、テレビを点ければ巨人戦がテレビ中継されており、野球に興味を抱かなかった私は常に『他球団の試合もやればいいのに』と思ったものだ。当時は西武が黄金時代を迎えており、人気があるのは分かってはいるものの巨人戦ばかり放送するのに嫌気が差したものである。地域差は勿論あるのだがプロ野球チームを持たない地方はもっぱら巨人戦を垂れ流していたのは事実である。
 巨人が弱体化し近年に至ってはテレビ放送の打ち切りなどもあり、生粋の巨人ファンは減少の一途を辿っているものの巨人の人気は相変わらず根強い。
 巨人が如何にして巨人になったか。そこにはいつの世も人気選手の存在が挙げられる。特筆すべきは長嶋茂雄終身名誉監督の存在、そして何よりテレビの存在であろう。
 テレビとは「TELEVISION」と記され「テレビジョン」はフランス語の télévision(テレヴィジョン)に由来し、“TV”と略されることも多い。なお、tele- (τηλε) はギリシア語の「遠く離れた」、”vision” はラテン語で「視界」の意味である、とされている。
 つまりは、遠くで起こった出来事を目の前で観る事が出来る、我々にとって身近なメディアである。
 最近の日本では「国や企業の思惑、異国文化のゴリ押しといった悪しき産物」と捉えられ、何度も何度も放送する事によって俗に云う「刷り込み」が起こる。
 スポーツを観戦するのなら感動や歴史的な瞬間こそを求めたい視聴者が多い筈。最近ではアングルに拘った写し方をしており、ファンのみならず、記事にする者、そして長年そのスポーツに携わって来た識者をも唸らせる出来栄えである。
 近年は野球の話になると『昔は巨人ファンだったけど』と多く聞く。新たに好きになったチームの動向を、ある者は携帯に送られて来る中継を見たり、有料の専門チャンネルも存在する、ある者は愛しすぎたが故にスカパー!などに代表される有料放送に加入しチームを見守り続ける。
 欧州のサッカーが好きな者は古くから毎月決して安価ではない契約料金を支払い、週末を各々が楽しみにしている。

 先日、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)ベスト4の座を懸けてホーム・アンド・アウェーの戦いが行われ、ホームのセレッソ大阪が4-3の乱打戦を制した。先制点のアウェーゴールを許してからはサッカーの醍醐味が凝縮された濃い試合展開に多くのファンが酔いしれた事と思う。日本代表戦にも出場し、注目株の清武弘嗣が2ゴールと大活躍し、決して少なくないアウェーゴール3点を奪われたもののベスト4に一歩リードした、と言っていいだろう。
 一方で心残りがある。
 なぜ民法放送では放送されないのか、という事に尽きる。
 承知の通り、ACL優勝チームはアジアチャンピオンの名誉は勿論、今年は12月から日本で開催されるクラブワールドカップ出場権出場の権利も含んでいる。開催国枠は設けられてはいるもののアジアチャンピオンで出場する事と開催国枠で出場する事は天と地ほど意味が違う。
 近年はガンバ大阪以来、日本から優勝チームを輩出していないが今季は日本のチームが優勝出来る可能性が残されているにも関わらず、である。『欧州チャンピオンズリーグ(UCL)は観るけど・・』とはよく聞くが、いかがなものか。
 好き嫌いは勿論あっていい。
 しかし、本当に日本にサッカー文化が根付いて欲しいのならば、大事な、重要な試合はLIVE中継は出来ないものか。
 地方出身者に多くみる巨人ファンはテレビ放送の刷り込みがもたらした賜物だと私は現在でも考えている。そこからアンチ巨人が生まれ、放送がなくとも他球団を応援し始めたファンを多く知っている。
 日本サッカーにおいて日本代表戦ばかりがクローズアップされる所以は、代表戦ばかりをLIVE中継する事にある。ナショナリズムを大いに煽り、試合までの数日は代表情報満載で各局が放送する。『ワールドカップは観るけど』や『日本代表戦は観るけど』などは刷り込みが生み出した最たる例であろう。
 ならば、日本のクラブチームがアジアチャンピオンになる動向に注目しても良い時期に来ている。なでしこジャパンはワールドカップを機に天と地ほど違う待遇を手にした。それは間違いなく彼女たちの掴んだ栄光に他ならない。フィーバーなるものは何回も繰り返し放送する事によって起きるものならば、ACLの重要性を説いた番組構成をしている番組があっていい。ビジネスチャンスと捉えても差し支えない。
 アジアを軽視する姿勢が目立つ昨今だが、アジアのレベルアップなしに日本サッカーの進化はない。強い集団で競い合い才能はより磨かれる事は何の世界にでも当て嵌まる事実である。

 UCLの持つ魅力の一端に注目がある、近年は世界最高峰の大会に日本人選手が出場する高揚感、高い個人技、高い戦術を楽しみに多くの日本人が胸を焦がす。多くの者が好きなチームを応援する一方で歴史を知り、ジンクスや人間模様を知り、試合を観戦し大会を楽しんでいる。
 ACLが如何に重要で、この大会を制する事が如何に日本サッカー界の為になるのか、を伝えたならば、皆が云う世界に近づける。小さな一歩かも知れないが、その一歩が前進する事を心から願いたい。
 そして思う。
 いつまで欧州を羨望の眼差しで見続けなればならないのか、と。

 突然変異で世界レベルの選手は決して生まれない。
 アジアを制した事のあるジュビロ磐田、浦和レッズ、ガンバ大阪から何人の日本代表中心選手が生まれたか。今一度、考え直す時期が来ている気がする。
 セレッソ大阪には日本サッカーの環境を変える着火剤に起爆剤になることを心から望む。


葉月

2011 年 8 月 19 日

 多くの日本人にとって8月という月は重苦しい。

 唯一、救われるのが甲子園であると思う。激闘が続く試合も残り3試合になってしまった。
 日本の夏の風物詩であり、大人になり故郷を離れた者でもついつい故郷の活躍に想いを馳せる甲子園という名の興奮。

 昨年、沖縄県勢初の悲願の甲子園制覇を成し遂げた沖縄県代表興南高校の活躍を記憶している方も多いと思う。沖縄県に渡るのにパスポートが必要だった昔、甲子園の土が検閲で引っ掛かるが故に帰りの船の上から甲子園の土を海に捨てたエピソードを聞いた時の後味の悪さは未だ消える事はない。
 怪物伝説の真っ只中にいる興奮、サヨナラで決まる勝負が決する延長戦に固唾を飲む緊迫感、野球ファンでなくとも『高校野球は毎年観る』という方がいるのも頷ける。
 『今大会は白熱する延長戦が多い』と多くの方が言う。
 それもその筈で、現在8試合行われており
 聖光学院 5x
 日南学園 4

 明徳義塾 3x
 北海 2

 鳥取商 2
 白樺学園 3x

 如水館 3x
 関商工 2

 横浜 6x
 高崎健康福祉大高崎 5

 白樺学園 7
 智弁和歌山 8x

 関西 3x
 九州国際大付 2

 如水館 3x
 能代商 2
 で、大会タイ記録と並んでいる。
 残る3試合の内、1試合でも延長戦に入れば大会新記録樹立である。
 しかし、熱戦に水を差すようだが延長戦に入る前に勝敗を決められるシーンは大いにあった。「バッティングは水もの」と云われている野球というスポーツだがバントは練習量の賜物と表される。大事な場面で打てなくとも致し方ないがバントミスで追加点を奪えなかったり、判断ミスでピンチを招いたり、と確かな実力を持ちながら勿体無いミスで甲子園を後にするチームが多く目についた。
 どのスポーツにも共通すると思うがミスを多くしたチームは負ける可能性が高くなる。どのスポーツでもミスを少なくする方法は練習でしか補えないのも、また事実である。

 甲子園の歴史は眩い様で残酷でもある。

 過去に甲子園の連投が響き、甲子園以後の野球人生を奪われた甲子園球児が確かに存在し、俗に云う「甲子園の光と影」が確かに存在する。甲子園で闇を味わった者が将来になり光を浴びる球児がいる一方で甲子園で光を味わった者が将来で不祥事を起こし、闇を味わう者がいる。高校時代に無名の選手がプロの世界に行き、名監督の尽力で世界一有名な日本人選手になった者もいれば、甲子園という舞台で5打席連続敬遠を経験した者が世界一有名なチームに在籍しワールドシリーズMVPになりチャンピオンリングを手にする事を誰が想像出来ただろう。
 その後、松井秀喜は敬遠したピッチャーとテレビ企画で対談を行い、開口一番『ありがとう。あの経験がなければ現在の僕はなかった』と感謝を述べている。
 それは選手の懐の深さによるかも知れないが甲子園の持つ美しさの一つだと私は考えている。

 残る3試合、新記録樹立を期待しつつ記憶に残る試合を期待したい。


 大会が第93回にもなれば人々が記憶する数々の名勝負がある様に闇に葬られた記録もある。戦争により大会公式記録には残らなかった「幻の甲子園」と呼ばれた甲子園も過去にはあり、「昭和十七年の夏 幻の甲子園 戦時下の球児たち[早坂隆 文藝春秋]」は個人的に心打たれる作品の一つである。

 もし、あなたが残る3試合に満足出来なければ是非読んで頂きたい。甲子園の映り方が全く異ってくる。

 暗い出来事ばかりの8月だからこそ甲子園だけは明るい話題を届けて欲しい。それこそが亡き先人達へ何よりの供養になる。これからも先人達を喜ばせる試合、混沌とした現代を生きる我々の活力になる試合を切に期待したい。