労い

2010 年 8 月 13 日

試合には必ず終わりが来る。

どのスポーツにも規定があり、大抵の場合は時間によって区切られる。
野球の場合は1回に3つのアウトを取り、9回まで行う。
どんなに得点が入ろうとも3つのアウトを取れなければ、敵の攻撃は延々と続く。
同点で試合の終盤を迎えたのなら盛り上がり、熱を帯びる。
9回を迎えると最高潮に達する。
1つ1つの投球に緊張させられ、1つのアウトに安堵し、落胆させられる。
ツーアウトを迎えたのなら、人はドラマを期待し、高揚する。
逆転ヒットを期待したり、逆転ホームランまでも期待する。

終わった。

と思える瞬間がある。
サッカーで例えるなら、ロスタイムに大きくクリアされた瞬間。

野球では奇跡が度々起きる。
ライナー性の打球をダイビングキャッチする、奇跡。
高々上がったフライを落球してしまう、負の奇跡。

落とした選手は悲惨そのもの。
時間は戻らない。
時間は決して解決してはくれない。
その時間をどう生きるか。
慰めようのない状況を打破する時こそ仲間の力が必要。
『こいつも落としたくて落とした訳じゃない』
戦犯扱いする事なく慰める仲間の姿に強く心を打たれた。

甲子園に教えられるモノは勝者への賛美だけでは無い。
そんな分かっているつもりで曖昧な敗者への労いを改めて教えて貰った。

何年か経ち、「あの日」の事を酒でも飲みながら話せたらのなら微笑ましく思う。

そんな事を考えさせられた開星高校vs仙台育英学園高校の試合であった。


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